目が小さい方が美しかった江戸時代?お江戸の女性が美の為に実践した方法とは…
江戸時代の書物を見ると、二重瞼の女性がいないことに気が付きます。そう、この時代は、目が大きすぎないほうがいいとされていました。江戸時代の化粧書「都風俗化粧伝」によると、目は「あまり大き過ぎるたるは見苦し」と書いてあるそう。といっても、中には、大きい目の女性だっているわけで。そんな女性たちは、ある方法を実践するのです。
目を小さくみせるテクニック!「目八分」(めはちぶん)という方法で、自分の前八分を見下ろすと良いとし、立っているときは自分の足元より向こう1.8mくらい先を見ないといけないとか。つまり、自分の身長よりやや先を見るのですね。そして座っているときは、自分の膝より90㎝ほど先を見ると、自然と瞼が下がって目が細く見えるのだとか。これ、ここぞというときだけだったら、なんとかできるとは思いますが、日頃からやれっていわれたらムリですよね。
目が大きいのは美しくないとされるのが当時のトレンド。でも、やっぱり美しくありたいと思うのが、女心。目を見開くなんてはしたないと思われた時代に、少しでも目を小さくみせるために女性たちは「目八分」を実践していたわけです。
「今風化粧鏡」歌川国貞
さらに、瞼に白粉を濃く塗って、目の中にも白粉が入るよう化粧していた江戸時代の女性。こうすることで、目が大きく見えないと言われていたようです。そこまでするの?と思いますが、それだけ目の小ささが良しとされていた時代だったのですね。
髪のお手入れはどうしてたの?当時の女性は、髪のお手入れも大変でした。髪が長いのに、今のようにタオルやドライヤーだってないので、乾かすのも一苦労だったはず。庶民は毎日湯屋に通っていたものの、お風呂では湯を大量に使うため、洗髪は禁止されていました。江戸中期で、庶民は洗髪の回数が月に1,2回だったとか。自宅の縁側や庭先で、髪を洗っていたのです。洗髪のときは、うどん粉や油粕が使われており、まだシャンプーのようなものはない時代でした。ようやく明治15年頃になって、洗髪石鹸というものが登場します。
「大松楼風呂場」月岡芳年
髪をきれいにして、メイクして、さらに目八分を実践しないといけないのですから江戸時代の女性はスゴいたいへん!いつの時代も、女性は身支度に時間がかかってしまうもの。服を選んだりメイクをしたり、髪を整えたり。キレイになるためには、時間もかかるのです。ということで…男性の皆さん、パートナーが出かける準備に多少手間取っても、寛大な心でお待ちくださいませ♪
画像出典:演劇博物館デジタル、東京都立図書館、Japanese Art Open Database
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