さあ一丁、ブワァーっと植木等だ!(1)「スーダラ節」の歌詞に激怒 (2/2ページ)
当時の国民だけでなく、今をときめく星野源がステージでカバーするなど、「スーダラ節」は世代を超えて愛されている。皮肉にも唯一、異を唱えたのが植木自身であったと犬塚は言う。
「植木屋(愛称)はディック・ミネさんに憧れていたくらいだから、低音を生かした正統派の歌手になりたかった。それが『スーダラ節』の歌詞を見た瞬間、『何だ! 冗談じゃないよ、こんな歌!』と尋常じゃない怒り方だった」
植木は譜面を持って帰り、浄土真宗の住職である父親の前で歌って聴かせた。そして父親は、意外な反応を見せたと犬塚は言う。
「植木屋が『なあ、ひどいだろ?』と聞いたら『うーん、これはすごい!』と一言。歌詞の『わかっちゃいるけどやめられない』が親鸞聖人の教えにも通じると言われて『これを書いた青島幸男は人生哲学をわかっている。お前、これは売れるぞ!』と丸め込まれちゃったそうだ」
ふだんの植木は、無責任男とは真逆の「物静かで常識的な人物」と誰もが声を揃える。それでも父親の一言に「商売」として植木等に徹することを知った。
そしてバラエティ番組や主演映画における植木の笑いは、青島の言葉を借りれば「日本の喜劇の天地が逆転した」ほどの衝撃をもたらす。
〈それ以前の人情話や世話物の流れをくむ自虐的性格の持ち主であったのに対し、あたかも我が国の高度経済成長と同じくするように、行動するのであります〉
植木は“時代”にも愛される喜劇人となった。