人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第61回 (2/2ページ)
はしゃぎ過ぎだ」と反三木感情が高まり、やがて「三木おろし工作」という具体的行動が表面化していった。裁定により三木首相を誕生させた椎名悦三郎副総裁も、「オレは三木の産みの親。であれば、責任をもって国会終了後に三木を退陣させる」と息巻き、時の大平正芳蔵相、福田赳夫副総理と相次いで会談、共にその線での合意をみた。大平は田中の「盟友」、一方の福田は三木の“後釜”狙いの意欲が強かったのである。
しかし、三木は「自分に課せられている使命は放棄することは絶対にない」と引き続きの政権担当の意思を表明、自民党内の対立は深刻度を増していった。
7月27日、そうした中で東京地検が外為法違反容疑で田中を逮捕という衝撃的事態に発展した。これに対し、法律専門家の中からは「外為法での逮捕は別件逮捕であり、しかも、外為法という形式的行政犯で首相経験者を逮捕というのは大きな疑義がある」との声も出た。しかし、例えば新聞各紙の「腐臭放つ金権体質」「“金権政治”に司法の断」といった報道に、こうした声はほとんどかき消された感があった。
逮捕当日の朝、目白の自宅を訪れた東京地検の豊島検事正に向かい、「武士の情けだ。ちょっと待ってくれ」と田中は言った。家人に用箋と万年筆を持って来させ、「離党届 衆議院議員 田中角栄」と記し、「これを自民党本部に届けるように」と指示した。また、地検に向かう車の中で、隣に座る検事に「総理大臣経験者で逮捕されたのは何人目か」と尋ね、検事が「在職中の罪では初めてです」と答えると、田中は「この日のことは忘れないでくれ」と言い、「歴史に残るようなことですから、忘れることはありません」と言う検事の返事に軽くうなずいたとの証言がある。
東京拘置所での取り調べは午前9時ないし10時から始まり、夜は午後9時ごろまで続けられた。その間、田中は一貫して事実関係を全面否認した。取り調べのさなかの、こんなエピソードもある。当時を取材した社会部記者の証言である。
「汗っかきで鳴る田中に、取り調べ検事が見かねてハンカチを手渡した。田中はそれをしまい、保釈後、きれいに洗ってアイロンをかけ、その検事に返した。取り調べ中は毅然として答え、検事をして『前首相としての威厳を崩すことは一切なかった』と言わせた」
逮捕から20日経った8月16日、東京地検はついに田中を外為法違反と受託収賄罪で起訴した。この時点から、田中は前首相の立場が一転、刑事被告人に追いやられ、長い法廷闘争を強いられることになるのだった。
(以下、次号)
小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。