江戸時代の銭湯は混浴の時代も…それでも江戸の女子が銭湯に通う理由

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江戸時代の銭湯は混浴の時代も…それでも江戸の女子が銭湯に通う理由

数少ないといえども、今もなお残っている混浴温泉を楽しむ人がいる一方で、ちょっと困った人たちもいるってご存知ですか?混浴温泉に何時間も入り、女性を待ち伏せすることから、ワニ族と呼ばれる人たち。なかなか絶滅せずにしぶとく生き残っているワニ族たちからすれば、かなり羨ましいのではと思われるのが、江戸時代の銭湯です。

出典画像:GAHAG

江戸時代、寛政の改革(1787~93年)以前は銭湯はすべて混浴だったそう。「でも寛政の改革以降は、普通に男女別の銭湯だったんでしょ、それじゃ今と同じじゃん」という声がきこえてきそうですが、そうでもなかったようで。

女湯のぞきをする男たち

というのは、障子や節穴など至るところに穴があったので、のぞき見だって楽勝だったのです。混浴禁止でこれまでのように女性の一糸まとわぬ姿を見られなくなってしまったため、女湯のぞきが増えてしまったのですね。湯番も男性なので、本を読むふりをしながら、ちらちら覗いたり、武士も夢中になって覗き見したというほど。

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盗みもあった!?

当時は石鹸というものがまだなく、体を洗うときは糠(ぬか)袋に糠を入れて、それで洗っていたのですが、お風呂からあがって身支度をして知りあいとおしゃべりをしている間に、この糠袋が盗まれることもあったそう。若い女性やお目当ての女性が使っている糠袋欲しさに、盗む男性がいたんですね。

江戸の女子が高リスクの銭湯に通う理由

覗き見されるわ、糠袋を盗まれるわと、まぁ当時の銭湯は、女性にとってリスクが多いこと。それなら、銭湯に行かないで、自分の家のお風呂に入ればいいのに、と思う方もいらっしゃるかもしれません。でも、長屋では、湯を沸かすために火を使わないといけないし、お風呂に入るまでがひと苦労だったのです。それを考えると、銭湯に通ったほうがよかったのでしょう。知りあいとおしゃべりをするのも、楽しみですしね。

そんなわけで、女性たちは、銭湯に通っていたのです。今のワニ族にとって、まさに憧れのシチュエーションですね、きっと。

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