小さな巨人、スズキ・ジムニーが人々を惹きつける理由 (2/4ページ)

イキなクルマで

そこでホープ自動車の創設者である小野定良氏は、まず部品の供給元であった三菱重工業にこのクルマを売り込むことにしました。しかし三菱重工業は、この打診に難色を示します。その後小野氏がスズキの東京支社に赴いたところ、ON型に強い関心を示したのが鈴木氏だったというわけです。 スズキ社内からは「社長の道楽」「売れないクルマの製造権を買ってどうする」など、批判の声が上がる中でのことでした。結局その後スズキが1200万円でホープ自動車からON型の製造権を買い取り、スズキのエンジンを搭載した試作車が数台製作さます。これが現在につながる、ジムニー誕生の裏側というわけです。

■男のクルマ、ジムニー誕生photo by スズキ株式会社

こうして、1970年に初代ジムニーは発売されました。下敷きとなったON型は確かに悪路走破性には優れていましたが、一般大衆向けとしては不成熟な部分があり、改良の余地が多く残されていました。スタイリングもそのひとつで、あまりにも無骨だったON型に対してスポーツ性を取り入れたものに変更。またトランスファーの機構を変更してウインチを動かすようにできるなど、本格的な四駆としての性能を付け加えました。

ジムニーは小型であるにもかかわらず高い機動力が発揮できるクルマとして市場では好意的に受け入れられます。ちなみに発売当初のキャッチコピーは「自然に挑戦する男のクルマ」でした。1972年には早くもマイナーチェンジが施され、エンジンが水冷に変更されました。4人乗りやバン仕様が出てきたのも、この頃になります。

そして1976年に、現在も名車と名高いマイナーチェンジモデル「ジムニー55(ゴーゴー)」が誕生。排気量が550ccにアップされ、一部モデルにはメタルドアが採用されました。翌年には、スズキ四輪車初の4サイクル800ccのエンジンを搭載した「ジムニー8」が追加されています。

■Tough & Neat、万人受けを狙った2代目photo by スズキ株式会社

初代モデルで多くのファンを掴んだジムニーの次なる課題は、快適性と操作性の向上でした。それを目指し開発されたのが、1981年に発売された2代目です。

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