「3000人の女と交わった」ホストクラブ王の破天荒交遊!(1)村田英雄がビートたけしに… (2/2ページ)
たまには(花園神社に)一緒に行くか」
文太は当時の極東桜成会・池田亮一会長(のちの極東真誠会二代目会長)を紹介したかったのだった。
「その夜、お酉さん本部のテント内で3人で飲んだ一斗樽の味が忘れられない」と関根氏は回想する。
文太が「アニキ」なら、「オジキ」と呼んでいたのが村田英雄。ある日、村田から電話がかかってきた。
「お前、ビートたけしと親しいらしいな。あの野郎、俺のことをバカにしたようなことを、テレビやラジオで言ってるそうじゃないか」
「オジキ、相手はお笑い芸人。歌謡界の御大と言われるオジキをネタにしてるだけじゃないですか」
その後、新宿コマ劇場で「村田英雄ショー」があった際、関根氏はたけしを村田の楽屋に案内した。出された座布団には座らず、直立でたけしは挨拶。
「村田先生、いつもテレビで失礼なこと言ってすみません」
「遠慮なく、どんどんやってくれ」
その時、たけしが差し入れた栄養ドリンクのテレビCMにその後、2人が一緒に出ていたのだった。
笹川伸雄(ジャーナリスト)