忘れがたき「昭和のいい女」を一斉追跡!<メモリアル対談・立見里歌&内海和子(おニャン子クラブ)> (3/3ページ)

アサ芸プラス

当時、所属していたホリプロでは「山口百恵もできなかったデビュー曲の快挙」と言われましたが、おニャン子の他の子はほとんどが1位。どうして私は3位なのって泣きましたもん。

──泣いたといえば、石橋貴明との「テレビでの公開バトル」もすごかった。石橋が2人の顔が入ったパネルをへし折ったり、番組の途中で席を立ったり‥‥。

立見 私も彼もヤンチャでしたねえ。もともと控え室でもチョコチョコッとふざけていて本番、タカさんが椅子を蹴ったら内海の脚に当たって、和子が泣いたのが、きっかけで‥‥。

──番組でも、反論する姿が名物になっていった。

立見 最初は私たちの「お礼参り企画」だったんだけど、途中から本気モードになって、CMが入って、そのあとスタッフが気を遣って、一切接触がなくなりました。

内海 思いのほか騒動が大きくなりましたね。

立見 今でも、どこかでタカさんと対談やれないかなあと思っていますよ。

──解散から30年目を迎えて、あらためて「おニャン子」とは何だったでしょう?

内海 私、子役の時から芸能界にいて、自分の意思でオーディションを受けたのは「おニャン子」だけなんです。それが30年過ぎても、こうして語られることに感慨深いです。

立見 私は弟に「金脈⇒人脈」って言われる。メンバーやスタッフが今でも仲がよくて、そうした面でも参加してよかったです。

──メモリアルイベントがあることを期待します。

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