女装する男子の切ない気持ちとは? (2/3ページ)
存在するものを、あたかもなかったことにしちゃうかのように「書かない」というほうが差別だと思いませんか?
性的な嗜好だけとは限らないけれど外見からはどう見ても「バイセクシャルではない」「ゲイではない」という男子の中にも、じつは夜になると、その手の集まりに女装して参加することが「ストレス解消」だと言う人がいます。
ふつうにスーツを着て、ネクタイを締めて19時くらいまでふつうの会社で仕事をして、それから女装の集まりに参加するそうです。
その人は言います。
「ホントは24時間、女として生きることができたら、これほどうれしいことはない」と。あるいは「スカートを穿いて、ヒールの高い靴を履いて、お化粧をしたら、女子の気持ちがすごくよくわかる」と。
前者の発言は、性的な嗜好と結びついていますが、後者の発言は、性的な嗜好だけを表している発言ではないとも捉えることができますよね。
でも、あくまでも個人的な考えとして、女装する男子の中にある「女になることにあこがれている気持ち」を、ちゃんと受け止めてあげないと失礼かもしれないと思います。
幼いころから、自分が男であることに違和感を覚えてきた人もいれば、高校生のころ先輩男子にイチャイチャされているうちにバイセクシャルやゲイに目覚めた男子だっています。
女子向けにBL系(いわゆるボーイズラブ)のマンガやエッチな動画がたくさん出回っている時代ですから、そういうことを知っている女子は、知っていると思います。どういう経緯をたどって、女装に目覚めたのかは、人それぞれです。
男子は「男として生きていることに」疲れている今の世の中、男子は「男として生きていること」に疲れていたりもします。
女子は、場合によっては「お勉強なんか、そこそこしておけばいいのよ、実家から通える範囲にある、適当な大学に行って、4年間遊べばいいの」なんて親に言われることがあっても、男はきっとそうはいかないのです。
ウソかマコトか疑いつつも「高偏差値・高学歴・いい会社に就職」という概念にずっと追われます。