江戸時代、非合法の売春街「岡場所」の遊女は子供だった? (2/2ページ)

Japaaan

といっても、もちろん女郎買いをしてほしいわけではなく、しょうがないと諦めていたよう。当時は、売春に対して寛大な社会だったこともあるでしょう。だからか男性も罪悪感や抵抗感もなく、江戸時代中期の旅行ブームの頃には、旅行途中にある宿場で女郎買いをするほど。

寛政5(1793)年、松平定信による寛政の改革で、56箇所の岡場所が取り潰されて、いったん巻き返しを図るものの、天保12(1841)年から水野忠邦による天保の改革で大打撃、岡場所は再び取り潰されてしまったのです。ちなみに、これらのときは、召し捕られた子供たちは吉原に送られたそう。子供という名の遊女たちも、時代の変遷とともに、揉まれて逞しく生きていたのですね、きっと。

参考文献:江戸の売春 永井義男, お江戸吉原草紙 田中夏織

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「江戸時代、非合法の売春街「岡場所」の遊女は子供だった?」のページです。デイリーニュースオンラインは、岡場所江戸時代雑学カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る