名物キャバレー会長が「50年の営業日誌」を初公開!(1)ホステスの奪い合いで乱闘 (2/2ページ)

アサ芸プラス

 吉田氏には、店長として店を任されてから50年にわたって書き続けてきた膨大な量の営業日誌がある。

 73年9月20日の記録を見ながら、吉田氏が当時をり返った。

「『ハイツ』がオープンする73年当時の歌舞伎町にはね、『女王蜂』『サクラメント』『クラブ・リー』『不夜城』『ニュージャパン』『ムーランルージュ』『シャンタン』『メトロ』って、ホステスが100人を超えるグランドキャバレーが10店舗以上もあって、食うか食われるかの戦国時代だったのよ。当然、女の子が足りない。ましてや、プロのホステスは引っ張りだこ、奪い合い、引き抜きが日常茶飯事だったんだから」

 この一件も、原因は引き抜きだった。新しくオープンする「ハイツ」はソファが600席の超大型店。いい条件で他店の中堅どころのホステスを引き抜いていた。条件がいいほうへ流れるのは常。「ムーラン・ドール」の子も数十人が声をかけられた。近くの喫茶店で面接すると、そのまま車に隠して店まで連れて行ってしまうのだ。

 東宝会館は駐車場が地下にあり、そこから7Fの店までエレべーターで上がれる。吉田氏らは店の前に見張りを立て、入っていく車をチェックして、女の子の引き抜き、移籍を実力阻止したのだ。

「毎日、殴り合いの乱闘だった。最後は警察が間に入って、“引き抜いた子は全員返す。見張りは立てない。喧嘩御法度”と、手打ちになったんだよ。結局、うちの子は1人もハイツにやらなかった」(吉田氏)

笹川伸雄(ジャーナリスト)

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