80代からが人生の黄金期だ「八名信夫」(4)忘れられない「恩師」の言葉 (1/2ページ)
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島岡吉郎
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小田仔賢
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週刊アサヒ芸能 2017年 6/1号
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八名信夫
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青汁
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こうして蓄積され、自分の中の引き出しに入れていた経験が、80歳を超えた自分の指針になっていると話す八名。全国各地で出会ったこういう市井の人々は、自分にとっての恩師だったという。
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恩師ということで言えば、私にとって忘れられない方が2人います。1人は、小学校の時に初めて野球を教えてくれた小田仔賢(しけん)先生。この方はのちに、地元・岡山倉敷市の利生院という寺院で長く住職をお務めになりました。
私が還暦を前に仕事のことでいろいろ悩みを抱えていた頃、先生のことが頭に浮かび、会いにうかがいました。その時にこう諭されたんです。「人間っていうのは、20代は20代、60代は60代、80代は80代なりに悩みを持っている。どんな人間も悩みを持っているけど、それを乗り越える力も皆持っている」と。なぜだか不思議と肩の力がスーッと抜けました。「悪役商会」の俳優たちにも、事あるごとに言って聞かせています。
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もう一人は、明治大学野球部に在籍していた時の島岡吉郎監督。1952年から37年間、明大野球部の指揮を執り、没後の91年には野球殿堂入りも果たした。徹底的なスパルタ指導の一方、その人間的魅力から、“御大”の異名で慕われる名物監督だった。
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御大とのエピソードは語り尽くせぬほどあるのですが、いちばん覚えているのは「人に好かれるのはいい。でも、好かれようとして生きるなよ。媚びるんじゃないぞ」という言葉です。
これは我々芸能の世界にも当てはまることなんです。俳優というのは、主役に媚び、監督に媚びるということをしがちなんです。また使ってください、よろしくお願いしますっていうことですね。でも、それじゃ、悪役はできません。目が死んでしまうんですね。
たとえニッコリしていても、目の奥に殺意がなくてはいけない。そのために大切なのは主役を嫌うことなんです。気持ちのうえでは「いつかコイツを殺ってやる」くらいに思っていないといけない。私が若い頃は撮影所に入ったら主役の人とは話をしませんでした。「こっちに来て、一緒にメシ食えよ」と言われても、「いや、いいっす」という感じです。いけ好かないヤツと思われたこともありましたが、それはそれでかまいませんでした。