「官能小説」といわゆる「普通の小説」のちがい (2/2ページ)

恋学

魂の深い部分を、純文学的に描くと、それは(ふつうの)小説とか純文学と呼ばれるものになります。

たとえば文豪・谷崎潤一郎の名前は、おそらく誰でも知っていると思います。「教科書に載るようなカタい文学を書いた人」という認識で谷崎をとらえている人も多いかと思います。

が、彼は『痴人の愛』という、一見エロ小説のような作品を書いています。15歳の女子に果てしなく「落ちてゆく」エリートサラリーマンを描いています。

女に溺れる男は、ほぼもれなく貯金が底をつくわけですが、そういうこともきちんと描かれています。彼女のカラダのどこが、どんなふうに魅力的なのか、についても、余すところなく描かれています。

ネタバレになるので、これ以上のことは書きませんが、そういう男女を描きつつも、谷崎の作品は「文学しています」。

官能小説を、いわゆる「おかず」として使う女子がいても、全然おかしくないでしょう。むしろ「それでふつう」かもしれません。

が、世の中には、エロを「とっかかり」として、ものすごく精神的に深いものを描いている立派な文学がたくさんあります。つまり優れた文学とは「人とはいかなる生き物なのか」を追求している文学です。

官能小説に飽きたら、エロそうな名著をお読みになってみてはいかがでしょうか。あなたの恋愛観やセックス観が大きく変わること請け合いです。

Written by ひとみしょう

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