死後数年経過し、遅れてやってきたある方の訃報から蘇る思い出と生じる後悔 (2/2ページ)

心に残る家族葬

池袋の先生が亡くなったというのです。放火による火事での焼死とのことでした。その途端、おがくずだらけだった1階の作業所が思い出され、胸がズキッと痛みました。もうお葬式も終ったと聞き、お手紙を書きたいからと無理を言って先生の息子さんのご住所を伺いました。

当時私は仕事に就き、日曜日もないような忙しさでした。時間が空いたある日、ご連絡もせずにそのお宅を訪ねにいきました。多分私はもう一度先生にお目にかかりたかったのだと思います。案の定、お宅はお留守で待ってもお帰りになる様子もありません。持参したものとメモを玄関先に置き、しおしおと帰宅しました。最後のお別れもお礼も言えなかった申し訳なさで、胸の中はうつろでした。あの時、きちんとご遺族と連絡を取り、お線香の一本も上げていればあれほど切ない別れをしなくても済んだのにと今では思います。若気の至りでした。

■心の中に存在するあの人

それなのに今も辛いことがあると私は先生のことを思い出します。先生は以前のようにニコニコして、あの訛のある声が「大丈夫、大丈夫」と聞こえてきます。すると私はちょっぴり勇気が湧いてくるのです。

とてもかわいがってくれたのにもうこの世にいない人。つらい時、話したいのにもう口を利くことはできない…。でも私たちが思い出すだけで、あちらの世界で目を覚まし会うことができる。私は今もそう信じ、安らぎの一つになっています。『青い鳥』は今も必ず想い出の国に、眠りながらいるのです。

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