小林麻央さん、愛にあふれた「家族の絆」秘話 (2/3ページ)

日刊大衆

現在、勸玄くんは、大きな不安の中にありながら、懸命に厳しい指導についていっていますよ」(歌舞伎関係者)

 姉・小林麻耶も、麻央さんとともに病気に立ち向かってきた一人だ。「麻央さんの闘病中、看病に加え、麗禾ちゃんと勸玄くんの世話を引き受けていたのが麻耶さんでした。無理がたたり、昨年5月には生放送中に体調を崩して、病院へ搬送。それを機に休養することが発表されましたが、以降は、まさに母親代わりとなり、2人の子どもに向き合っていたそうです」(芸能記者)

 特に麗禾ちゃんは、母である麻央さん、そして麻耶にも憧れており、「大きくなったらアナウンサーになりたいと言っているそうです」(前出の歌舞伎関係者) さらには、「麻央さんは姉の麻耶に“海老蔵さんをよろしく”と常々、口にしていたそうです」(前同)というから、今後も、麻耶が家族の中で大きな役割を果たすことになりそうだ。

「子どもたちも麻耶さんも、それを望んでいるのではないでしょうか。もともと、海老蔵さんは、麻央さんと出会う前から麻耶さんとは親しかったそうです。姉の友人であるという点も、麻央さんがヤンチャで有名だった彼と安心しておつきあいできた一因だったと記憶しています」(芸能リポーターの川内天子氏)

 それにしても34歳というのは早すぎる。「いつも神様は見ていると思って日々を過ごしているボクも、このときばかりは“おい、神様、順番が違うだろ!!”と言いたくなりました」と、自身が深い悲しみの中にありながら、そう本誌に話してくれたのは、麻央さんがお天気キャスターとしてデビューした『めざましどようび』(フジテレビ系)で、当時、スポーツコーナーを担当していた、元プロ野球選手のパンチ佐藤氏である。

「ボクの妻を交えた3人で、よく食事をご一緒させてもらいました。毎回、15分以上も前に待ち合わせ場所にいらしていた誠実な人柄、その美しい立ち姿、誰にも等しく優しく接することのできる品格に、いつも本当に素晴らしい方だなと感じていました。

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