ビートたけしの金言集「デヴィッド・ボウイと共演した“戦メリ”」 (1/2ページ)
先日、ロックミュージシャン、デヴィッド・ボウイさんがお亡くなりになりました。わたくし、デヴィッド・ボウイと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ヒット曲「レッツ・ダンス」でも、ロック史に残る名盤「ジギー・スターダスト」でもなく、1983年公開、大島渚監督作品「戦場のメリークリスマス(以下・戦メリ)」です。現在アラフォーあたりのたけしファンなら、わたくし同様、ボウイと言えば、“まずは戦メリ!”と反射的に答える方が、ことのほか多いはずです。
映画公開時、小6だったわたくしは、「戦メリ」の派手なプロモーション活動から伝わってくる、かつてない国際的超大作感と、その大作にビートたけしが参加するワクワク感を、今でもはっきりと覚えています。
中でも最も印象深かったのは、撮影地・ニュージーランドのラロトンガ島へ出発する際、空港で芸能レポーターから、「たけしさん、意気込みは?」と質問された殿が“監督に怒鳴られたりしたら、途中で辞めて帰ってくる”的な発言を、飄々と口にして旅立った姿です。子供心に〈この人はとんでもない大作に出るのに全然物怖じしていない〉と、普段と何ら変わらずの生意気ぶりに、「さすがたけし!」と、唸りました。
で、デヴィッド・ボウイの訃報が発表された翌日、とある番組の打ち合わせでディレクターから「どんな方だったんですか?」と尋ねられた殿は、
「撮影中、各国のエキストラの人たちが結構いっぱいいたんだけど、どの国のエキストラの人たちともワイワイとやってて、全然スターって感じじゃなかったな」
と、彼の思い出を振り返ると、続けざま、
「たまたまちょっと前に、『戦場のメリークリスマス』のドキュメントを見直す機会があったんだけど、あの当時の大島さんのパワーって、ちょっと異常だよね」
と、映画人・大島監督へのリスペクトを語りだしたのです。そして、
「まー自分で言うのもあれだけど、役者でも何でもない、俺とデヴィッド・ボウイと坂本龍一をキャスティングして、あれだけの大作を撮っちゃうんだから、大島さんの感覚って、やっぱりすごいよね」
と、改めて尊敬の弁を続けたのです。