東洋のシンドラー・杉原千畝の足跡が残る場所、リトアニアの「杉原記念館」 (3/4ページ)

GOTRIP!

その電話によって、杉原千畝は、彼の「命のビザ」によって救われたユダヤ人の代表ニシュリ氏と28年ぶりの再会を果たすことになります。

彼のビザによって命をつないだユダヤ人は、杉原千畝のことを忘れることはなく、ずっと杉原千畝本人を探し続けていたのです。

そして1985年には、イスラエル政府より、多くのユダヤ人を救出した功績により、日本人初の「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受けました。

その後、日本政府により、公式に杉原千畝の名誉回復が行われたのは、彼の死から14年も経った2000年のことでした。

生前は賞賛だけでなく「国賊」として中傷を受けたことすらありましたが、それでも独断でビザを発給した自らの行動を後悔することはありませんでした。

リトアニア・カウナスにある杉原記念館は、かつて実際に日本領事館として使われていた建物。

杉原千畝の生涯に関するビデオを見ることができるほか、当時の執務室の再現や、彼が発給したビザや発給記録の再現、本国とのやりとりに関する資料などを見ることができます。

展示室に掲げられている日本国旗は、当時実際にカウナスの日本領事館で使用されていたもの。

黄ばみ、ところどころ擦り切れた日の丸が、歳月の重みを感じさせます。

杉原千畝が発給したビザのリストの一行一行には、一人ひとりの命がかかっていたのです。

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