2通目:不倫が楽しいって、ありえません(yuzuka→トイアンナ) (3/4ページ)
それはやっぱり、妻とはできなかった、「セックスについて話し合う」ってことが出来ているからってのが大きいと思うんです。
性と愛はイコールではないですが、それでも体を重ね、唇を合わせる行為は、やっぱり「愛の確認作業」という役割も含んでいると思います。「嫉妬」とか「独占欲」って、愛しているからこそ湧くもので、私はそういう気持ちを、お座なりにしてほしくないんです。
「お互いだけを愛する」ために努力をする。そこを放棄して、「性欲は別で解消しようよ」って、やっぱり「誰も傷つかない」とは思えなくて。
ちゃんと、お互いだけに向き合うために「セックス」についても話し合う。お互いとの「セックス」に生かす。それが、正しい「幸せ」と「愛の形」って、思っちゃうんですよね。
「1対1だからこそ生まれる幸せ」私は自分の読者さんには、そういう真っ直ぐな愛を信じて欲しい。これって、綺麗事ですかね?
<「嫉妬しない」って、そもそも愛なんですか?>
オープン・リレーションシップについて、単純な疑問があります。お互いが他の異性と体を重ねることを合意する。それも、「そういう性癖」以外で。
そこに、「嫉妬」って伴わないんでしょうか?もしも伴うとして、それから目を背けて他の異性を抱きにいくのを見送るって「円満」とは思えないし、かといって「嫉妬」しないとしたら、それって「愛」じゃなくない?って思っちゃうんですよね。
結婚を「戦略的」にしているっていうか、「お金」とか「子ども」とか。そういうもののために維持しているドライな夫婦が思い浮かんじゃって、やっぱりどうしても、「普通の夫婦が円満に交わすことのできる契約」だと思えないんです。
「不倫されても辛くならない」愛って、本物の愛って、言えるのでしょうか?そもそも愛しているのに不倫が楽しいなんて、ありえない。それが私の、正直な意見です。
トイアンナさんはこの「嫉妬」について、どう思いますか?意見を聞かせてください。