仕事一筋の女が35歳になった時に婚活をして、結婚できると思いますか?(ラブホスタッフ上野さん) (4/5ページ)
もちろんプーマ以外にもボルトのスポンサーになりたがった企業はたくさんあることでしょう。
つまりボルトは人から欲されたのです。これが価値で御座います。価値を決めるのはいつだって第3者。「誰かがそれを欲する」ということこそが価値なのです。
例えばギネス記録には「後ろ向き100m走」というものがあり、そのジャンルの世界チャンピョンも勿論存在します。
彼は恐らく後ろ向きならボルトよりも速いことでしょう。間違いなく「世界一の能力」で御座います。
しかし、そんな彼にお金を出したいと思う人はいなかった。つまり価値がないのです。
「100m走」と「後ろ向き100m走」には本質的に違いは御座いません。唯一違うのは「それを欲する人がいるかいないか」ということ。そしてその唯一の差が全てなのです。どれだけ能力があろうとも、それを欲する人がいないのであればそこに価値はない。
ただし「価値がない」ということと「意味がない」ということは全くの別問題であることも理解しなければなりません。
誰からも必要とされていない創作活動。確かにそこに価値は御座いません。しかし意味はある。本人が楽しいのであれば、楽しいという意味がある。ただ、たまたま「買い手」がいないというだけに過ぎません。
人間には期限が御座います。
まず絶対的な期限である「死」が御座います。
「いつからだって遅くない! 人間の可能性は無限大だ!」なんていう妄想を私は言いません。
残念ながら人間は死ぬのです。
いつか、必ず死ななくてはならないのです。
そんな大きな話ではなくとも、価値の面で見れば明確な期限はたくさん御座います。
野球を始めるのは40歳でも始めることは出来ますが、その野球で「プロ野球選手」になり、価値を作ろうと思うのであれば26歳がデットラインです。
将棋は60歳でも始めることは出来ますが、その将棋で「プロ棋士」になり、価値を作ろうと思うのであれば23歳がデットライン。
こういうことを言うと「なんで期限を設けるんだ!」というような意見を仰る方がいらっしゃいますが、私は期限があることに賛成をします。