『書楼弔堂』は「視点を空欄」にした小説 京極夏彦さんインタビュー(2) (2/3ページ)

新刊JP

じゃあそういう人達は時代の転換に一切寄与していないのかというと、決してそんなことはないんですね。世の中というのはひと握りの人がぐいぐい変えられるようなものじゃない。そういう風に見えるだけで、実はその他大勢が受け入れてくれるかどうかの方が大きいと思う。ドラスティックな転換というのは頭の中で起きるものでしかなくて、実はソフトランディングに変わっていくものだろうと思います。そうすると、明治時代にもいい歳をして働かず、妻子とも一緒に住まずにぶらぶらしている、いわゆる“ダメな人”もいたはずですね。こういう人が本を読んでも何の役にも立たないわけですが(笑)、実は読書というのはそういうもんなのではないかと。読んで役に立つとか、人生が変わるとか、そんなことはない。本は読んで面白ければいいもんだと思うんです。本って基本的に役に立たないものですから。役に立つのはマニュアルくらいのものですよ。
弔堂の主人は、訪れる客に対して一冊の本を渡しますけれど、それはその人を更生させようとしているのではなくて、その人の人生を後押ししてるだけなんですね」

― 確かにそうですね。その人とは逆の本を渡しません。

京極 「ダメな人には、ダメっぷりを後押しする本を渡してますし。高遠はいろいろ悩んでいるようなんですが、あれは悩むフリをして自己正当化を図っているだけで、まさに下手の考えなんとやら、ですね。人生に決断は必要ですが、結論は必要ない。ものごとには結果がありますが、人生は終わるまで結果なんか出ない。人は死ぬまで未完です。同時に、人は簡単には変わらないし、成長もしません。なら悶々としているより、ダメな部分を含めて自分なんだと知ることの方が有意義ですね。高遠もまったく成長しないですから」

― 最後に少しだけ成長をうかがえる部分があるようにも見えましたが…。

京極 「どうでしょうか。むしろ退化しているんじゃないかという気もします」

― この連作短編が「未完」という章タイトルで終わるのも、とても印象的でした。終わらせないというか、終わりがないというか。

京極 「そうですね。エンドマークが出るのは小説やドラマだけです。私たちの住む世界は終わりません。

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