『書楼弔堂』は「視点を空欄」にした小説 京極夏彦さんインタビュー(2) (3/3ページ)

新刊JP

人は何かと節目や折り目をつけたがりますけど、例えば誕生日を迎えたからといって、翌日から新しい人生が始まるわけではないですね。目が覚めればいつもと同じ一日です。生まれ変ったような気になるのは良いことでしょうが、生まれ変りたいと願うのは、ない物ねだりです」

― 短編それぞれの章の最後が「誰も知らない」という言葉で締めくくられているのは、京極さんがリアリティを突き詰めていった結果なのでしょうか。

京極 「それは、僕が知らないからです(笑)。なら誰も知らないはずです、その後のことは。
それから、あまり指摘されないんですが、実はこの小説、厳密ではないものの一人称がないんです。『私は』『僕は』を使ってない。でも三人称一視点でもない。視点を空欄にする感じで書いてみたかったんですね。高遠がぼやっとした人というのもあるんですが、内的言語では『オレ』は省略されるはずで、読者が視点人物の空席にはまるような感じは出せないかなと」

― 「視点を空欄にする」というのは、すごい発想です。

京極 「これは娯楽小説なので徹底してやっているわけではないのですが、試みとしてはありかなと思ったもので」

第3回「京極ファン必読!? あの2つの人気小説シリーズが…」につづく

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