窪美澄、新刊『アニバーサリー』を語る(1) (2/2ページ)

新刊JP

それがいいことか悪いことかはわからないけども、人生が大きく変わった節目という意味で、この『アニバーサリー』というタイトルにしました」

―この作品では、先ほどおっしゃった晶子と、もう一人の主人公ともいえる真菜の人生が語られます。彼女たちの人生を通して、それぞれの家族や夫婦についても対比的に読めたのですが、このように世代の違う二人の女性とその家族を描くことで窪さんはどのようなことを表現したかったのでしょうか。

窪「物語の縦糸と横糸を通すということをやりたかったんです。晶子は昭和10年生まれで、真菜は昭和55年生まれ。そして真菜のお母さんの真希は作中で何年生まれとも書いていないんですけど、その三人の物語をクロスさせるというか、昭和55年生まれの人から見たら昭和10年生まれの人はどう見えるのかなとか、真菜から見て自分のお母さんの生き方はどう映るのかなということを書きたかった。一人の登場人物の一代記(とりました)だけだと、その人の人生の始まりから終わりまでということになって、縦糸だけになってしまいます。だから違う世代の登場人物をおいて、様々な時代に生まれた人たちの人生を多層的に書こうと思いました」

―もう一つ大きなテーマとして読めたのが、真菜の人間的な変化です。彼女が子どもを産んだ時点では、まだ10代の頃の友人・絵莉花の影響から抜けられていない、どこか刹那的な雰囲気がありましたが、晶子や千代子との交流によって少しずつ変わっていきます。このような出会いや交流による人の変化というのも執筆時のテーマとしてあったのでしょうか。

窪「もちろんそれはあります。10代の頃は、真菜にとって絵莉花はものすごい影響力を持っていたけど、出産が彼女の変化の一つのきっかけになったと思います。
女の人にとって出産って、どこかで“負ける感覚”があるんですね。何にもできなくなってしまうし、時間も取られるし。仮に10代の真菜が晶子に出会っても“うざいおばあちゃんだな”と思うだけで交流はなかったと思います。でも、出産して弱っている状態で、体にも心にも力がない時だったから、年の離れたおばあちゃんの助けを受ける気持ちになれた。こういうことは実人生でもあると思います。個人的にもいいタイミングで出会うことで、自分の人生が変わったというのは実感としてありますね」
(新刊JP編集部)

第2回「感性だけで書き散らしていくと長生きはできないかな、という感じはする」につづく

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