対人恐怖症は恋愛できない? 恋をするためにはあきらめの気持ちを持とう (2/3ページ)
自分の性格を成人して以降、いきなり生まれ変わったかのように変えるなんて器用なこと、誰もできやしないんです。
できないことをやろうとして悶々と苦しむぐらいなら、対人恐怖症だけどこのまま年齢を重ねると人生がつまらないので、どうにか上手くやろうという気になるしかないと思ったわけですね。
対人恐怖症の一番のネックは、周囲の目に対して上手に振る舞おうとして緊張してしまい、言動がおかしくなってしまうことが、当事者としての率直な考えです。たとえ周囲はそこまで期待していなくても、尋常ではないプレッシャーを感じて失敗してしまい、自己嫌悪に陥るというループ。
これから抜け出すのは、なかなか大変なことです。
今だって、完全に対人恐怖症を克服したわけではありません。相変わらず知らない人に会うときや、知らない場所に向かうときはプレッシャーから吐き気や腹痛に悩まされますし、これはもうそういうものとして割り切るしかないと感じています。
割り切るということは、ある種あきらめてしまうということですね。
専門家のカウンセリングなどが効果的な場合もあるんでしょうが、筆者にはあまり効きませんでした。かといって、ずっと家にこもっているだけの人生は、何度も書くように、ひたすらつまらないんです。
だからいつしか筆者は、自分の対人恐怖症を完治させることはあきらめて、周囲も誰も自分に期待していないと思い込んで生きるようになりました。そうでもしないと、とてもじゃないですが新しい出会いも、仕事も、なにもかもできなくなるので、これは仕方ない処置でした。
結果的にこのあきらめのおかげで、今では周囲に自分の対人恐怖症について悟られることはなくなりました。自分の弱点を気づかれないというのは、それだけで多少気楽になるものです。そして気楽になって初めて、恋愛をするだけの気持ちの余裕が生まれます。