オールナイトニッポン50年の全秘史(2)齋藤安弘「初代パーソナリティが明かすテーマ曲の秘話」 (1/2ページ)

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オールナイトニッポン50年の全秘史(2)齋藤安弘「初代パーソナリティが明かすテーマ曲の秘話」

 手探り状態で始まった番組の黎明期を語り継ぐのは、「アンコーさん」の愛称で知られる齋藤安弘(77)。67年10月、あのジングルが街に鳴り響いた日のこと。

 ニッポン放送は深夜番組に対して他局よりも遅れていて、系列の別会社が担当していたんです。ところが、聴取率もスポンサー収入もよろしくない。それならば自社に一本化して、局のアナウンサーでやってみようと始まったのが「オールナイトニッポン」でした。

 私は局に入って3年目の若手でしたが、先輩たちに交じって火曜日の4時間を任された。ディレクターからは「好きなようにやれ」と言われていたので、自分でレコードを探して、本番中も自分で回すスタイルにしました。

 番組が始まった67年はグループサウンズが大ブームで、ビートルズなど洋楽も人気で、さらにフォークソングが台頭してきた。それを象徴したミリオンセラーがザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」ですね。

 もともと関西では人気があったけど、関東ではまだなじみがない。しかも、ウチより2カ月早く始まったTBSの「パックインミュージック」は日産自動車の1社提供で、酔っ払って車にハネられて死ぬ歌はかけられない(笑)。逆にこっちは、今で言うパワープレイで1日に何回もかけて曲を浸透させましたね。

 実は開始当時は全国ネットでなく、関東ローカル。さほど人気も出ないだろうと思っていたら、あっという間にハガキが殺到するようになった。

 番組が始まる時に厳しく言われたのは、聴取者の年齢を下げないということ。深夜の長い時間を聴かせることは、教育上も健康上もよくないということでした。そのため、下ネタも厳禁だったのですが、なぜか先輩の高崎一郎さんは「違うほうの下ネタはいいだろう」と、トイレ方面の話ばかりしていましたね。

 そうそう、オープニングテーマでおなじみの「ビタースウィート・サンバ」(ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラス)ですが、実は同じアルバムの別の曲に決まっていた。それを高崎さんが間違ってかけてしまったけど、こっちのほうがいいじゃないかと。

 まあ、高崎さんのリップサービスじゃないかなど諸説あるので、真相はわかりませんが(笑)。

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