先人達の大変な苦労が…。日本に外来語が定着するまでに、実はすったもんだがあった? (2/2ページ)
先人達はその50音をどうにか「カタカナ英語」のように当てはめて外来語の発音を表そうとしたのですが、その結果として日本語表記がいくつも出てきてしまったのでした。
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明治時代の小説家・評論家として活躍した斎藤緑雨(1868(慶応3)年〜1904(明治37)年)はこの現象について皮肉を込めて
「ギョーテとは 俺のことかと ゲーテ言い」
という川柳を残しています。
そう、詩劇『ファウスト』などの名作で知られるドイツの文豪「ゲーテ(Goethe)」の日本語表記も、明治時代には「ゲーテ」「ギョーテ」だけでなく、「ゴアテ」など実に20種類以上もあったのです!
言語に忠実な外来語の日本語表記への努力は、現代も続く!第二次世界大戦後、日本の海外との交流はより盛んとなりました。それに伴い「バイオリン」を「ヴァイオリン」と表記するなど、外来語をより言語に近い表現に近付けようという動きは広がりを見せるようになっていきます。
外来語を日本語で表現するための試行錯誤は、現代でも続けられているのです。
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