甦る「アイドルグループ」黄金伝説(2)<特別対談>「セイントフォー」濱田のり子&鈴木幸恵 (2/3ページ)

アサ芸プラス

鈴木 それからプロジェクトがどんどん大きくなって、それが40億円になったということですね。

──その先兵となったのが、主演映画「ザ・オーディション」(84年、東宝東和)の公開。芸能界の闇と、新人グループのデビューから挫折と再起までを描いたリアルな異色作。

濱田 今でも覚えているんですけど、渋谷の109近くの劇場で公開したんですよ。そしたらサクセスストーリーの内容にファンの人たちが純粋に感動して、ものすごい勢いで押しかけてきたんです。一夜にして世界が変わりました。

──まさしくデビュー曲と同じ「不思議Tokyoシンデレラ」の感覚!

濱田 そう! そうなんです。シンデレラストーリー。

──そういえば同じ84年、「少女隊」も30億円をかけてデビューし、競う形に。

濱田 私たちのコンセプトは一貫していて、それでデビューに2年をかけた。ところが、急に同じレールに少女隊が入ってきた‥‥。しかも、彼女たちはデビュー後にファッション寄りのコンセプトがすぐに変わったじゃないですか。

──1年後には、ごく普通のアイドル路線に変更しました。

鈴木 そういえば私、藍田美豊ちゃんと今度会う約束している。

濱田 美豊ちゃんも実は私たちと同じオーディションを受けていたのよね。

──おっと、セイントフォーの一員だったかもしれない幻の歴史が! ただ正直なところ、セイントフォーも少女隊も、投資金額ほどには大きな成果は上げられなかった。特にセイントフォーは、所属事務所とレコード会社が契約上のトラブルとなり、わずか2年2カ月で解散。

鈴木 プロデューサーの方から「こういうことになったよ」と伝えられて。

濱田 私たちメンバーの間でも、ギクシャクした感じはありましたね。

──それでも、13年3月には板谷祐三子を除く3人が集結し、26年ぶりにライブを開催。

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