大震災と空襲の被害も免れる。地域住民に愛される横浜のご当地神社「水天宮平沼神社」
平沼・高島・みなとみらいの氏神様は、地域に密着した「ご当地神社」
「杉山神社」のコラムでもご紹介しましたが、離れた土地に同じ名前の神社が複数あることがよくあります。福岡県久留米市に総本宮があり、全国に分社がある「水天宮」もその1つです。東京都中央区日本橋にある分社がよく知られている「水天宮」ですが、みなとみらいからほど近い横浜市内にある「水天宮平沼神社」も、地域に密着した神社として賑わいを見せています。
相鉄線の平沼橋駅を下車してすぐというアクセス良好なこの神社は、近隣の平沼・高島・みなとみらいなど、横浜市の中心地の氏神様とされています。オフィス街だけでなく、マンションの立ち並ぶ住宅地でもある地域住民たちは、お正月・七五三・厄払い・安産祈願などの節目節目にこの神社を訪れ、毎年9月の初めには夏祭りで盛り上がります。
いわば地域密着型の「ご当地神社」なのです。
「横浜の水天宮」にはちょっと変わった歴史が水天宮平沼神社という神社名も少し変わっていますが、この神社は歴史も個性的です。時代は江戸時代の後期、天保10(1839)年に遡ります。横浜駅から1駅の平沼周辺は、当時はなんと塩田でした。
村人が塩田で仕事をしていると、入江に神様を祀る小さな家のような祠(ほこら)が流れつき、何度沖へ返そうとしても戻ってきてしまいました。そのことを平沼新田の開発者である5代目・平沼九兵衛に伝えると、平沼氏は「守護神のないこの地に祀れという、神様からの啓示であろう」と言い、平沼新田の神様としてこの祠を祀ることにしました。
引き上げられた小さな祠の中には、福岡県久留米市の「水天宮」のお札が祀られていたため、この神社は「横浜の水天宮」と呼ばれるようになりました。
明治時代に入り、神社の「社格」制度ができると、この神社は「平沼神社」と改称されました。しかしそれから現代に至るまで、多くの人たちから「水天宮さま」と親しまれ、いつしか「水天宮平沼神社」と呼ばれるようになったのでした。
現在では本殿の他に、ゆるキャラのようなかわいらしい「安産・子育て河童」や「稲荷神社」などの境内社もいくつか鎮座しています。
子育て河童
水天さん
大震災と空襲の被害を免れた神社は、初詣の名所にこのことから分かるように、この神社は「水天宮」の正式な分社ではありません。しかし、水難除や火難除などに霊験あらたかな天御中主神(あめのみなかぬし)と、「壇ノ浦の戦い」で命を落とした幼い安徳天皇をお祀りする「水天宮」のご利益は、この神社にも同じように働いているようです。
実はこの場所には、関東大震災と横浜大空襲に見舞われながらも、焼け落ちることなく残るという奇跡が起こっていたのです。
毎年元旦には、周辺住民が初詣のため、日付の変わる前の深夜から神社の鳥居の前にズラリと並びます。境内ではお酒や記念品などが振る舞われ、初詣の行列は元旦の夕方まで絶え間なく続きます。
最近ではご近所の方だけでなく、インターネットで調べて遠方からやってくる参拝客もいるようです。ただこの神社は平成25(2013)年以降、御朱印対応をしていないとのこと。御朱印集めをしている方には少し残念ですね。
横浜 水天宮平沼神社 安産・水徳の神社
所在地: 神奈川県横浜市西区平沼2-8-20
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