紅白歌合戦「女たちの熾烈バトル」全秘話(5)<全68回の歴史的な因縁10連発!> (2/3ページ)
このため、次の曲のイントロが鳴っているのに河合はステージに近づけず、冒頭のフレーズを歌えずじまい。吉川は河合に直接謝罪したそうだが、以降、十数年もNHKを出入り禁止になってしまう‥‥。
今では珍しくなくなってしまった「別の場所からの中継」は、90年が元年である。あまりにも有名な長渕剛の「ベルリンからの15分間もの電波ジャック」もあったが、ニュースを挟んでの後半の冒頭に登場した宮沢りえもまた、NHKホールに姿がない。
「りえちゃ~ん、どこにいるの~?」
紅組司会の三田佳子の呼びかけに、何度か「ここよ~、ここ、ここ」と答えたりえは、なんと近くのビルの屋上でバスタブに入ったまま登場。歌った「Game」という曲も一般になじみがないこともあり、アイデア自体も不発に終わる。
さらに、苦虫をかみつぶした御大・北島三郎のコメントが拍車をかけた。
「中継が続くと会場の空気が冷めちゃうんだよな」
‥‥ごもっともな指摘であろう。サブちゃんと同じく「紅白の顔」に君臨したのは小林幸子である。年々、スケールを増す衣装(というよりセット)は瞬間視聴率も高かったが、やらかしてしまったのが92年のこと。この年、6万個のLEDをまとった豪華衣装をきらめかせるつもりが、コンピューターのトラブルで点灯に失敗。すると──、
「やった、やった、ざまあみろ!」
ステージ袖で誰よりもはしゃいでいたのが、幸子嫌いで知られる和田アキ子だったのだ。
思いがけない理由で仲間を裏切ったのが「モーニング娘。」の安倍なつみである。04年は後藤真希、松浦亜弥とのユニット「後浦なつみ」で出場が決まっていたが、直前になって自身のエッセイ集などに、あちこちから「パクリ」があったことが発覚。
「たくさんありすぎて、何を使ったのかわからない」
なんとも取り乱したコメントを残したが、これにより紅白も辞退。ゴマキとあややの2人だけでの出場は、なんとも気の抜けたものになった。