不登校は悪いこと?元教員が体験した「人生に無駄なものなんてない (2/2ページ)
」と思えたのだ。この日、私の不登校児生活は終わった。昨日と今日、このたった一日の違いは何だったのだろうと思う。
-その後の私
小学校卒業後、私は母親の意向もあり私立の中学校へ進学した。もともと内向的な性格だったが「中学校に行ったら新しい友達を作らなければいけない。自分から進んで友達の輪に入っていかなければならないなぁ。」と考えた。
私が進学した中学校には高校もあり、私はこの学校で6年間過ごすことになった。そして、卒業後、教育学部のある大学へと進学した。
-教員になってから
私の不登校児時代の経験は、教員になって生徒と接するときに大いに役立った。
不登校の生徒、不登校ではないけれど心に悩みをもった生徒が年々増加している。そういう生徒は小学校時代の私そのものだ。学校に行こうと思っても自然に具合が悪くなる。決して嘘をついているわけではないしサボろうとしているわけでもない。
しかし、そのような経験をしたことのない人は、そのことを理解し難いしなかなか受け入れることができない。とすると、そういう生徒は誰を頼ればよいのか。
私は、必要のある時に、生徒に自分が不登校児だったことを話した。登校時、決まった場所に来ると具合が悪くなったことを話した。「先生はあなたが具合が悪くなることを嘘だと思っていないし、そうなることがあるよね。」と話し、生徒に寄り添うことを心掛けた。
もちろん、自分のことをわかってくれる人がいると理解してもらうまでには時間が必要である。しかしその時間は生徒との信頼関係を作っていくのには必要な時間である。先生たちの中には、先生は生徒よりも上の立場にあり、下の立場にある生徒はその指導を受け入れるのが当然だと考えているのではないかと思える人がいる。しかし、私はそんな風には思わない。生徒との会話の時間を多く持ち、困っていることや悩んでいることがあるならばそれを聞いてやりたい。
年齢は下でも、生徒から教えられることもたくさんある。生徒が話してくる内容の中には世間では「NO」ということもある。生徒は自分の考えを押し通したいのではなく聞いてほしいのだ。生徒の気持ちがよく理解できることもある。すぐには解決できないこともある。じっくりと時間をかけて話をしながら解決に近づいていきたい。生徒ときちんと向かい合って話すことが重要である。
こんなことを心掛けながら生徒と接してきた。こう考えると、私の不登校児としての経験はよい経験だったに違いない。人生に無駄なものなんてないと思える。すぐではなくても、今経験していることは将来必ずどこかでつながる。
(秒刊サンデー:わらびもち)