不登校は悪いこと?元教員が体験した「人生に無駄なものなんてない (1/2ページ)
私は2015年3月に定年退職の年齢となり教員生活を終えた。私は長い教員生活の中でたくさんの宝物を手にした。「宝物」というけれど、ほとんどは形のあるものではなく心の中に蓄積されているものだ。出掛けると色々なところで卒業生が声をかけてくれる。時には後方からの声に振り向いてみると卒業生だったりする。声をかけなくても私は気付かないのに、声をかけてくれるその気持ちがとても嬉しい。

-小学生の頃
小学生の頃、私は不登校児だった。私は入学してから1か月もしないうちに、父親の転勤のため転校した。入学した小学校では「学校は楽しいところ」と感じていた。しかし、転校先の小学校は入学した小学校とは違っていた。と私は感じた。
前の晩には翌日の登校の準備をして就寝するのだが、朝起きると学校に行けないという日が続いた。運よく家を出たとしても、ある場所まで行くと帰宅してしまうという日が続いた。何年生の時かはあまり覚えていないが、担任の先生が「このままでは進級できないよ。」と言った。私はそれがどのようなことを意味しているのかよく理解できなかった。ただ「そうなんだ」と思うだけだった。
-不登校が終わった日
不登校は4年生くらいまで続いた。4年生の時、家を引っ越したこともあり転校をした。この転校が私を大きく変えた。転校したその日、ローマ字のテストがあった。私はローマ字で五十音を書くことはできたが、与えられた単語をローマ字に直すことができる状況ではなかった。案の定、テストの結果は惨憺たるもので、100点満点中5点だった。
担任の先生は、なんと全員の点数を読み上げた。もちろん私の点数も読み上げられた。周りの児童は「今なんて言ったの?」と私に聞いた。私は「聞こえなかった。」と答えた。もちろん「5点」という担任の先生の声ははっきりと聞こえていた。
昨日までの私ならば、もうこのことで翌日からの不登校は決定的だった。しかし、この時信じられないことが起こった。「今回は5点だったけれども、次は頑張ろう。