だるまに手足がない理由。そして、だるまのモデル「達磨大師」はキリストの使徒だった? (2/2ページ)
このような姿になった理由は、達磨大師が9年というあまりにも長い間、洞窟で壁に向かって座禅を組んでいたため、手足が腐ってなくなってしまったのだという言い伝えがあります。
達磨大師の人並みはずれた偉大さを伝える伝説ですが、実際には達磨さまの着ていた法衣の下に手足が隠れて見えなかったため、そのまま省略されて現在のように手足のない姿になったのだと言われています。
達磨大師はイエス・キリストの使徒だった?達磨大師には、キリスト教の開祖であるイエス・キリストの弟子の使徒トマスと同一人物だという説があります。実際には、使徒トマスがインドでキリスト教の布教を行ったのは1世紀のことなので、達磨大師が生きたのが5〜6世紀ということから考えると矛盾が生じます。

なぜこのような伝説が生まれたのでしょうか?
1つには、インド出身のダルマ大師は彼がモデルの民芸品「ダルマ」の顔を見ても分かるとおり、彫りが深くて眉や髭が濃く、トマスと同じ中近東の出身では?と思わせる容姿をしていたことが考えられます。
また2人の亡くなった日が達磨大師11月2日・トマス12月21日と近いことや、インドに渡って教会を開いたトマスが「トマ」と呼ばれていたこと、両手足を切られて殉教したことなど、様々な重なる要因があったようです。
いずれにせよ、達磨大師も使徒トマスも「七転び八起き」の不屈の精神は、共通していたようですね。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
