羽生結弦選手金メダル記念!演技テーマだった陰陽師・安倍晴明ってどんな人物なの? (2/2ページ)
意外にも、天文がメインだったんですね。その陰陽寮を離れ別の官職に就いた後も、陰陽寮出身として一目置かれていたようで、頼まれれば卜占や呪術を行うというフリースタイルで陰陽師を続けていたようです。
疫病神退治をする安倍晴明(泣不動縁起より)Wikipediaより
晴明が行った卜占や呪術はわずかながら当時の記録に残っています。当時は些細な出来事が大事件の予兆と信じられており、宮中に蛇やネズミが侵入するなどの些細な怪異現象にも晴明は呼ばれました。晴明はどんな些細な要請にも応じて占い、怯える宮中の人々の不安を解消する事に努めました。
中でも一躍彼を有名にしたのは、正歴4(993)年、一条天皇の急病に際して禊祓を行ったところ、天皇が奇跡的に回復したという出来事でした。当時、晴明すでに72歳。当時にしては長寿も長寿、生きているだけで尊いと崇められた事でしょう。更に年月下り、干ばつに苦しんだ寛弘元(1004)年には五龍祭で雨乞いの祈祷を行い、みごと大雨を降らせたなど、信じられないようなすごい記録をいくつも残し、翌寛弘2(1005)年に85歳で死去しました。
式神を用いて鬼を操ったり、結界を張ったり・・・というイメージとは少し違ったかもしれませんが、 晴明が人智を超えた力で苦しむ人々を救ったのだという事を、 残された記録の数々が確かに証明しています。
参考文献:扶桑社ムック「京都魔界探訪」蔵田敏明 アイキャッチ画像:疫病神退治をする安倍晴明(泣不動縁起より)Wikipediaより日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan