亀田興毅の嫁子供の画像は?数々の問題や年収とは?

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亀田興毅オフィシャルブログより
亀田興毅オフィシャルブログより

かつて日本中からバッシングを浴びていたお騒がせボクサー・亀田興毅(31)。WBA世界ライトフライ級、WBC世界フライ級、WBA世界バンタム級で王者に輝き、日本人初の3階級制覇したものの、現在でも世間からの印象はあまりよくない。
2015年に引退を発表後はバラエティ番組出演の機会も多く、ボクシングにまつわるさまざまな企画も立てていたが、2018年1月に突如、現役復帰を宣言。

「最後にやり残したことがある」「やらなければならない試合っていうものがある」と言い、「もう一回リングに上がる」と明かした亀田興毅。詳細はまだ決まっていないといったものの、この宣言はボクシング界からも高い注目を集めている。
では、そんな亀田はこれまでどのようなボクシング人生を歩んできたのだろうか。
ご紹介しよう。

幼少期から受けていた父のマインドコントロールとは?

幼い頃は空手を習っていたという亀田興毅がボクシングに転向したのは11歳の頃。プロボクサーを目指していた父・亀田史郎(52)の影響によるものだった。兄弟3人に強要されたボクシングの練習は相当キツいものであったらしく、興毅はやめようと思ったものの、父から「じゃあお前はなにをするんや」と言われ、反論できずそのままボクシングの道に。
亀田興毅は2016年に出演したラジオ番組『ニコラジ』で当時のことを振り返り、父からのボクシングの教えは一種のマインドコントロールだったということを告白している。
試合前の過激なパフォーマンスや相手選手への威嚇は亀田史郎の指示であったことも明かしていた興毅。
大人になってから丸くなり、過去を振り返ることも多くなった。思うところも少々生まれたのだろう。

嫁の伊東美香との結婚のきっかけは?

そんな亀田興毅、2012年2月に中学時代から交際している、伊東美香との結婚を発表している。結婚のきっかけはできちゃった結婚であった。

とは言え、中学2年生の頃から約12年つき合い続け、亀田一家の上京とともに交際中だった当時の妻も上京。
亀田三兄弟の個人事務所・亀田プロモーションの役員も務めており、生活を共にしてサポートを行っていたという。
亀田興毅は以前から3階級制覇し、25歳になったら結婚することを決めており、その条件が揃い、結婚を見据えていたころに避妊をしなかったところ、見事妊娠。

結果的にはできちゃった結婚になったものの、もともと結婚を見据えていた相手との結婚。しかも、10年愛ということでそれまで悪い印象しかなかった亀田興毅を見直すという声も多く見られていた。

亀田の子供の噂とは?

10年愛を実らせ、結婚した亀田興毅。その後、2012年9月に長男、翌年8月には次男、2015年10月には三男が誕生している。
3人とも本名は公開していないものの、長男は「まんちゃん」、次男は「ぎんちゃん」、三男は「さんちゃん」という愛称で知られている。
この三兄弟だが、テレビに写真が公開された際、その顔立ちから「ダウン症では?」といった噂が立ってしまった。
しかし、亀田興毅はその後もブログで子供たちの元気な様子を掲載したりしていることから、この噂は信ぴょう性のないものと思われる。また、亀田興毅は結婚発表の際、産まれてくる子供に対して「ボクシングしか教えられへんから」と子どもをボクサーにする意向を示していた。
しかし、三男誕生時点で「ボクシングをさせるつもりはない」「自分と全く違うことをしてほしい」と発言。
過去の発言を撤回する形となったが、今後発言を再撤回し、自分たち兄弟に引き続き、子供たちを新・亀田三兄弟とする可能性もまだ捨てきれない。子供たちの成長にも注目が集まっている。

引退後の収入に心配の声…

日本人初の3階級制覇という前人未到の記録を樹立したものの、数々の問題行為が原因で亀田兄弟は実質的な日本ボクシング界からの追放を受けた。その後、国外移籍をするものの、2015年の10月に行われた試合で判定負けし、引退を宣言した。
現役時代に大きな金を稼ぎ、引退後も金銭感覚が直らず没落していくスポーツ選手は後を絶たないが、亀田興毅もそのひとりになるのでは?とファンの心配の声もあったが、引退後の亀田興毅は実業家として日本全国を飛び回り、バラエティ番組の出演をはじめ、ボクシングイベントの企画・開催、サイン会や握手会も行っているという。
将来的にはアジアにもっとボクシングを普及させたいと考えている亀田興毅。今はその資金集めに奔走している段階だというが、収入自体に心配することはなさそうだ。

亀田に挑んだホスト神風永遠ってなにもの?

そんな亀田興毅が昨年5月に行った『亀田興毅に勝ったら1000万円』(AbemaTV)もボクシング普及のためのイベントのひとつだが、その番組で話題となったのが、イケメンホストの神風永遠。
歌舞伎町の人気ホストクラブ「AAA」の支配人を務め、自称“歌舞伎町No.1ホスト”であるという神風。「面白そうだから」という理由で亀田興毅の挑戦者となった。
試合前には「喧嘩は無敗」「1ラウンドで充分」「アゴパッカーン系でアゴを狙っていく」など、亀田興毅に負けないほどのビックマウスを披露していたが、結果は挑戦者の中でただひとり、ワンラウンドKO負け。試合中の態勢の悪さも話題となった。
しかし、9月には亀田興毅の元でプロボクサーを目指すことが発表され、現在その企画がAbemaTVで放送中。
まだまだ話題は尽きないようだ。

過去には内藤大助とのトラブルも…

現在はすっかり丸くなった亀田三兄弟だが、弟の亀田大毅(29)は過去に元プロボクサーの内藤大助(43)のトラブルを起こしている。
それが2007年に行われた「WBC世界フライ級選手権12回戦」で、挑戦者である亀田大毅は試合中に内藤大助を押し倒す、抱え投げる、頭突きをするなどの反則行為を連発。世間からバッシングを浴びる事態に発展した。
一週間後に亀田大毅は内藤大助に直接謝罪したというが、このトラブルで亀田兄弟の評判はさらに落ちることとなってしまった。

数々の問題で亀田史郎氏辞任

3人の息子をボクシング世界チャンピオンにしたという、肩書きだけ見れば立派な父親ともいえる亀田史郎だが、問題行為は数知れない。
決定的問題行為となったのは、亀田大毅に内藤大助への反則行為を指示したことで、これによりセコンドライセンスの無期限停止。また、亀田ジムのトレーナー職も辞任した。
さらに2010年3月に亀田興毅とポンサクレック・ウォンジョンカム(40)の試合では興毅が判定負けしたものの、判定に満足いかなかった亀田史郎が関係者を控室に呼び出し、恫喝する暴挙に出た。これにより、史郎は資格取り消しとなり、日本ボクシング界から事実上の永久追放となった。

引退の本当の理由は兄弟にあった!?

このように数々の問題を起こしてきた亀田兄弟。しかし、亀田興毅が今になって語る過去の行為を聞く限り、亀田興毅は比較的客観性のある常識人であるようだ。
引退前、国外に出たことで3000万円だったファイトマネーが170万になってしまった亀田興毅。
仕事としてのボクシングが成立しなくなったとき、振り返ると立派に成長した弟たちの姿があったことから、長男としての役割を果たしたことを実感し、引退を決意したそう。そのため、亀田興毅は弟、亀田和毅(26)の試合の前座という仕事を選んで引退を宣言したようだ。
世間を挑発してきたお騒がせボクサーは長男としての責任感は人一倍強かったのだ。

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