西郷どんとともに英断を下した徳川慶勝は元祖カメラ小僧だった[後編] (3/3ページ)
定敬も当然良い感情は抱いていなかったでしょう。したがって上の集合写真も、維新から10年以上も経っているにも関わらず、心なしか容保と定敬は慶勝から目を逸らしているような気がします。
一方、慶勝のカメラ好きは相変わらず健在でした。しかも自由のなかった藩主時代と違い、明治になってからは堂々と一般庶民に混ざって散歩ができるようになったため、撮影範囲も広がり、ますます楽しいカメラライフを送ったのでした。
参考文献:勤皇誘引書類目録 徳川林政史研究所所蔵[PDFファイル]
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