大杉漣「66歳の突然死」を招いた腹部破裂「SOSサイン」(2)僕は下積みだと思ってない (2/2ページ)

アサ芸プラス

最後は『シン・ゴジラ』(16年、東宝)で総理大臣を、『アウトレイジ最終章』(17年、ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野)で日本最大組織の組長を演じたのだから、大出世だったね」(前出・飯島氏)

 ちなみに大杉は、ピンク映画を「下積み時代」と称されることを嫌ったと映画評論家・秋本鉄次氏が言う。

「僕は下積みだと思ってやっていない。下積みだと、暗くてつらくて、マイナスイメージしかない。世間的な脚光がなくても、それはすばらしい仕事、誇りを持ってやっていた仕事だ、と言っていましたね」

 役者としての技量もまた、当時、活力のあったピンク映画で磨かれた。

「小市民からバリバリのヤクザまで、本当にやれない役がない。特に周防正行監督の『変態家族兄貴の嫁さん』(84年、新東宝)は小津安二郎へのオマージュなんだけど、大杉さんは笠智衆の役をやった。まだ30代なのに、それがすごく似合っていた。そういう落ち着いた枯れた役の一方で、痴漢やのぞきの役もこなす引き出しの多さが大杉さんの魅力」(秋本氏)

 40代になった大杉は、すでにピンク映画からは卒業していたが、それでも、生活のために来る日も来る日もVシネ出演を重ねていた。亡くなる直前までドラマ共演した松重豊や遠藤憲一と同じく、仕事を断るという選択肢は存在しなかったのだ。

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