囚人が囚人を始末!?江戸時代、伝馬町牢屋敷の牢獄内が怖すぎる (2/3ページ)
入ると教えられる牢内法度
新入りは入牢すると、まず牢役人の二番役から牢内法度を教えられました。二番役は牢役人の中でもかなり地位が高く、新入りの教育係的存在も担っていました。もちろん、二番役の新人教育は超スパルタです。江戸後期に書かれた資料「獄秘書」などからその一例を引用してみましょう。
「娑婆からうしゃアがった大まごつきめ、磔(はッつけ)め、素っ首を下げやがれ!」といきなり罵倒。その後は長いので意訳すると「てめえのような雑魚にゃ夜盗もできめえ、火つけもできめえ。櫛かんざしでも盗んでまごまごしてるうちに、しょうもない罪で捕まったんだろう。どうしてここに来たか有り体に言ってみろ」とまあ無茶苦茶言っていますが、まずは新入りが捕まった経緯、犯した罪を聞き出します。
その後、二番役は牢内では様々な物の呼び方が変わる事を教えます。まずは「詰教え(つめおしえ)」といって牢内のトイレについて教えました。「娑婆じゃあ雪隠とか言っただろうが、御牢内じゃア名が変わり、詰(つめ)の神様と言う」「娑婆じゃあ帯とも褌とも言おうが、御牢内じゃ名が変わり、帯は長物、褌は細物と言うぞ」など。
貢がねば囚人によって殺された牢屋内の人数が飽和してくると、内部の囚人によって人数の調整が行われました。恐ろしい話ですが、暮らしやすい程度に牢内の人間を殺し、人数を間引いていたのです。
