ダイナボアーズとともに這い上がる。榎本光祐がNZで見た原点、得たパワー。 (2/3ページ)
「そんな中でもう一度トップレベルでやるには、環境を変えるしかないと思ったんです」
休職しての渡航、その後チーム復帰という道も模索したが、実現は難しかったから退団(退社)を決断した。
「ニュージーランドで通用しなかったら(ラグビーをやめよう)と思っていました」
王国でのラグビーライフは充実していた。ソロモン・キング(コカ・コーラ)の紹介で入ったティポキクラブではトップチームのメンバーとなり、1シーズンで18試合ほど出場した。
その活躍もあり、ベイ・オブ・プレンティー州代表のワイダースコッドにも名を連ねる。
「あちらではSHに求められるものも違いました。はやくボールをさばくだけではダメ。チームが心地よく感じるテンポで動かすことが大事、と。パスした後にサポートしてボールをもらい、自分でトライするようなプレーもやるようにしたし、やれるようになった」
クラブレベルの試合は、トップリーグと比べて緻密さでは劣るも、コンタクトの激しさでは上と感じる局面もたびたびあった。ディフェンスの意識も高まった。
プレーの幅を広げられたニュージーランドでの生活。しかし、もっとも刺激を受けたのは心だ。
どん欲に上を目指そうとする若手たち。トレーニングの時も、そのメニューをやる意味を理解して取り組む。負けていられない。闘志がわいた。
「ラグビーを心から楽しむ。その原点もあらためて思い出しました」
帰国しての初年度。昨シーズンの途中にも、同じような感覚を得たことがある。サントリー戦に先発したときのことだ。
「相手のSH(日和佐篤、流大)は日本のトップクラスでした。試合をしていて楽しかったし、負けたくなかった」
常にそんな空気の中でやっていたい。そうなれば成長は続く。逆に言えば、そうでないと日本代表もサンウルブズも夢のままだ。だから、ダイナボアーズをトップリーグへ。それが目の前にある最大のターゲットだ。
「それらは自分自身に限ったことではないと思うんです。チーム(三菱)のみんなもそう。