平安時代の雑学【2】罰ゲームもあった?平安貴族の、雅を重んじたロマンティックな宴を紹介 (1/2ページ)

Japaaan

平安時代の雑学【2】罰ゲームもあった?平安貴族の、雅を重んじたロマンティックな宴を紹介

前回「平安時代の雑学【1】」はこちら

平安時代の雑学【1】この世の春を謳歌した平安貴族、その生活ぶりはなかなかカオス

平安時代の貴族には、年中を通して様々な儀式があり、それに伴って宴会が開催されました。宴会と言うとお酒やご馳走、楽しい余興が目白押しと言うイメージがありますが、この時代の宴は、どんなものだったのでしょうか。

王道はお花見!桜を愛でるのは平安時代が始まり

春先は、桜を観賞しながら酒や食事を楽しむお花見(花より団子と言うケースもありますが)が宴会の定番ですが、これは平安時代が始まりと言われています。古代、日本を含む東アジア諸国では、当時最先端の国だった中国の影響で梅の花を愛でるお花見の風習があり、今も台湾や韓国では梅が人気です。

そんな“梅の花文化”が主流であった日本で、花見の主役が桜になったのは、弘仁3年(812年)に嵯峨天皇が主催した花見の宴が記録されており、すでに平安貴族の間では桜が人気であったようです。その文化は徐々に僧侶、武士、農民などの間に浸透していき、今に至っています。私達が春の楽しみとしているお花見は、平安時代の貴族も楽しんだ花見の宴が起源だったんですね。

「平安時代の雑学【2】罰ゲームもあった?平安貴族の、雅を重んじたロマンティックな宴を紹介」のページです。デイリーニュースオンラインは、平安貴族平安時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る