戊辰戦争に散った新選組・土方歳三と隻腕の志士・伊庭八郎の友情 (3/3ページ)
写真:弁天台場 Wikipediaより
一方の八郎は病院で療養していましたが、傷はもはや手の施しようのないほど悪化していました。死期を悟った八郎はモルヒネを飲んで自決。明治2年5月12日、歳三の死の翌日の事でした。
埋葬地は特定されていませんが、旧幕府軍関係者の発言記録によると、旧友の2人は箱館の地で隣同士に埋葬されたといいます。思い返せば井上源三郎、近藤勇、沖田総司・・・その他大勢の旧友に先立たれた寂寥を抱えながら、箱館の地まで戦い続けた歳三。そんな彼を、八郎だけは置いてけぼりにしなかったのです。
「どうだい、俺だけはトシさんより先に死ななかったろ!」「たった1日違いだろうが」・・・なんていう2人の笑い声が空の上から聞こえてきそうです。
参考文献:
森満喜子「新装版 沖田総司おもかげ抄」新人物往来社 「新・歴史群像シリーズ13 土方歳三」学研日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
