天才テリー伊藤対談「山中慎介」(2)大学時代が充電の期間ってひどいな (2/2ページ)
その頃、もう“神の左”は誕生していたんですか?
山中 僕は野球部の時、右投げ右打ちだったので、当然ボクシングも最初は右構えで練習していたんです。そしたら当時の監督さんにサウスポーに変えるように言われたんですよ。自分としては、野球で肩に自信があったんですけれど、監督さんに押し切られて、結局はサウスポーになりました。その時から、ずっと武器は左ストレートです。
テリー それは監督さんの目が鋭いですね。
山中 そうですね。試合で発揮できた器用なタイミングは、左でしか手に入れられなかったのかもしれないので、本当に感謝しています。
テリー その勢いで大学も突き進んだ感じですか?
山中 いえ、大学時代はボクシングに対して、ちょっと情熱が湧いてこなかったんですよ。最後の国体で日本一になったので推薦をいただいて専修大学に入学。高校時代の成績がよかったのでキャプテンも任されたんですけど、あんまりやる気にならなくて。
テリー ええっ、大学はたまったもんじゃないね。だって、特待生で授業料は免除されているんでしょう?
山中 そうなんですよ、本当に申し訳なくて(笑)。
テリー まあ、スランプじゃないですけど、そういう時期もあるんですかね。そこから、どうして「帝拳ジム」に入るんですか?
山中 大学4年の最後に国体に出場したんですが、そこでまったく納得のいく試合ができず、1回戦で負けてしまったんですよ。さすがに「これが最後だと、絶対後悔する」と感じて、それをきっかけに4年間欠けていた情熱がまた湧いてきたんです。今となっては、大学の4年間は心と体を休める充電期間だったと思っているんです(笑)。
テリー ひどいなァ、大学の関係者がこれを読んだら怒っちゃうよ(笑)。