なんと江戸時代にもあった旅行積立、そして高級ツアーも。江戸時代の旅行事情【2】 (2/3ページ)
同じ積立と言っても現代と江戸時代とでは目的が大きく異なっていました。
講は目的地に合わせて様々な種類が有り、伊勢講、富士講、金比羅講などその数は多岐にわたりす。月々の負担額も少なく複数の講に加入している人(家)も多くいました。
講に入会して講員になると毎月少しずつ旅費を積み立てて、その金額が貯まるとくじ引きが行われます。
余談ですが、江戸時代にはこの様な積立制度は他にも存在しており、江戸の町では地震や火事などの災害に備えて七分積金という災害、労災、医療保険を合わせたような制度が存在していました。
運良く、くじに当たった講員がその講の目的地(伊勢講なら伊勢、日光講なら日光)へ、代表者として旅立てるというシステムになっていました。講による旅は完全な無料のツアーになっており、案内人がおり、宿場や食事、渡し舟などが提供されるため貧しい暮らしの人にとっては有り難い制度でした。
ツアーが終わり、そしてまた資金が貯まれば、過去に当たった人を除いて再びくじを引いて次のツアーが組まれます。参拝者の人数やツアーが組まれる時期は講の規模や経済状況によって異なりました。
四国の小藩、小松藩にこの様な記録が残っています。
「五、六人の百姓が伊勢参りに行きたいと願い出ているから許可を出した」
この記録に残る百姓達が講の当選者だしたら、このよな形で一つの村、集団で当選したということになり、講のシステムが地方の貧しい田舎の村にまで機能していたと考えられます。
講は御師(おし)と呼ばれる旅行代理店のような組織に運営されており、ツアーの管理者として宿泊場所の提供(御師の家)や観光案内役、寺院に神楽の依頼などツアー客のお世話をしていました。
御師は神社、寺に属しており、その主な仕事は信仰を広めるための営業外回りです。毎年講員の家々を周り、薬や御札や暦(カレンダー)を配り、初穂(※江戸時代以前は初尾(はつお)と発音)を回収するのも重要な御師の役割でした。
初穂はその年に最初に実った(収穫した)稲穂のことで、神仏にお供えするものです。講員から集めるこの初穂は、社寺にとってかなり重要な収入源となっていたようです。