【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第8話 (3/4ページ)
「見え・・・・・・ないよ」
そう答えたみつの華奢な身体は、これ以上揺さ振れば脆く崩れ去ってしまうのではないかと思われた。
女は真っ直ぐ国芳を見つめたまま、翡翠のような涙をぽろぽろと落とした。国芳は狼狽を隠せない。
「あたし、十二の時に高い熱で死にかけて、治って目が覚めた時からこの目」、
薄桃のくちびるが、かすかに震える。
「色が、見えない」。
「そうか。・・・・・・」
国芳の極彩色の絵が、みつにはつまらなく思えた理由が分かった。国芳がこだわっていた色そのものが、彼女の目には映らなかった。
「誰にも言った事ないよ。知られたら花魁を降ろされちまう。それどころか見世を追い出されるかもしれない。毎日怖いの。記憶と明暗だけで見分けて、ものの匂いや感触や何でも片っ端から憶えて、皆と変わらずに生活出来るように自分で訓練したの。必死だった」
みつが言うにはその目は光にも弱く、昼間に陽光の下に出ると光が目に刺さって痛むために外出もままならない。反対に早朝や夕刻以降の陽のない時間は、微妙な明暗の差ですら昔より一層鮮明に見分けられるのだという。
「床の中の事もあんまり憶えが良くて、仕込みに気味悪がられた。生娘じゃないと思われて、行燈部屋で折檻もされた。それでも女郎にしかなれないから、どうしたら男が喜ぶのか、死に物狂いで覚えてやってきた。汚いの、あたし」
思い詰めた眉根も怯えたまなざしも震える声音も、全てがさっきまで国芳の見ていたみつとは別人で、しかし全てが紛れもなくみつであった。
「毎年お正月に、楼主があたし達一人々々に新しい小袖をくれるんだ。あんたと初めて会った日に着ていたやつ。嬉しいのに、それがどんな色なのか分からない。
