最後の被災地訪問へ 天皇陛下「福島への想い」 (2/3ページ)

日刊大衆

その後、実際に東北3県を訪問された陛下に対し、石原氏は“皆、感動した。行っていただいてよかった”と、感謝の意を述べています」(前出の皇室記者)

 その初めての被災地訪問となった11年の5月6日、両陛下は被災者の避難先である、釜石市立中学校に向かうマイクロバスの中にいた。バスの車内で天皇陛下は右側の席、皇后陛下は左側の席にお座りになっていたが、出迎えの人々が沿道の左側にいるのを目にするや、陛下は自分の姿がよく見えるよう立ち上がり、背もたれなどにつかまりながら、手を振り始めた。揺れる車内で立つ陛下の身を案じての「お座りになられたほうが……」という声に対しては、「皆が出迎えてくれているので手を振らなければなりません。だから、座らなくていいのですよ」と、お答えになった。陛下はそのまま、中学校に着くまでの20~30分の間、揺れるバスの中で立ち続けたという。

 震災翌年の2012年には、原発事故で放射能汚染が懸念された福島県の川内村を両陛下が訪問。「現場では、除染する作業員たちがマスクと防護服を装備していましたが、天皇陛下は“付近の放射能レベルに問題はない”と、防護服は着ず、ジャンパー姿で視察されました」(前出の社会部記者)

■国と人々の安寧のために祈る

 両陛下は、風評被害の対処にも尽力してこられた。「2015年、強い雨が降る中、両陛下は福島県桑折町の桃農家を訪問。説明に熱心に耳を傾け、“風評被害がまだ続いていて大変ですね”と、言葉をかけられました。今年の訪問でも、両陛下は漁港でカレイとホッキ貝を買い、福島県産の食材での昼食をとられたそうです」(前同)

 実は6月11日の朝、皇后陛下が発熱。しかも、天候も雨ということで、一部の行事には天皇陛下がお一人で臨まれる、という見方もあった。「しかし、皇后さまは予定通り、相馬市の津波被害者の慰霊塔を訪問されました。38度の熱があったそうですが、白菊の花束を捧げて深々と頭を下げられる姿に、強いお気持ちを感じました」(同)

 天皇とは、はるか昔から国と人々の安寧のため祈る存在だった。「天災があると、天皇は強い責任を感じてきました。

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