福岡セミナー講師刺殺事件に思うこと:ロマン優光連載112 (3/4ページ)

ブッチNEWS

ネット上の救われない孤独な魂

 はてなに限らず、ネット上の色んな場所で救われない孤独な魂を見かけることがある。現実のツラさから逃げ出して、救いをもとめてやってきたネットの世界でも孤独にならざるを得ない人たちだ。たとえ、客観的にはどんなに異常であったとしても、ネットで政治や思想にはまってわめき散らかしているような人は、大きな集団の中にいる意識が与えられるので、主観的には幸せだろう。そんな歪んだ幸せにすら、参加できないような人たちのことだ。
 たとえば、Twitter上で誰彼かまわず直接罵倒し、誹謗中傷を行い、本人だけが信じている事実という実質デマでしかないようなことを撒き散らす人たち。当然ながら、そういうことをする人物は嫌われる。彼らの行っているのは正義の執行ではなく、単なる理不尽な暴力に過ぎないから。当然、反論はされるし、その異常な振る舞いは噂になってしまうだろう。そして、そのことは彼らをより孤独にし、異常さに拍車をかけることになる。「通報は恨みを買わないようにわからないようにこっそりとやれ」という処世術も、結果が出てしまえば、誰かが恨まれるわけで、その誰かも誰だかわからない。ふとしたことで、誰かが行いに値しない憎しみを買うことになる。
 彼らはカウセリングを必要とする人たちだったり、何らかの精神的な疾患を患っているのかもしれない。だからといって、彼らがネット上で振り撒く理不尽な暴力を向けられた人たちに我慢しろというのは、おかしな話だ。しかし、彼らが本当の意味で救いが必要とされる人々なのも、また確かなのだ。
 人生は何が起こるかわからない。ちょっとした切っ掛けで人生の歯車が狂ってしまい、孤独の中で魂を歪ませていく可能性は誰にだってある。ネット上の異常な人々も、何事もなければ普通に少し正義感が強いくらいの人間で終わっていたかもしれない。ネットで可視化されているギリギリのところに踏み留まっているような人たちを含めて、最終的に今回の事件のような犯罪をおかしてしまう人間は少ないだろうが、共通する資質の持ち主なんて実際は大勢いて、何らかの切っ掛けがなければ、普通の人間として暮らしていけるというのが本当のことなのではないだろうか。私たちも含めて。

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