福岡セミナー講師刺殺事件に思うこと:ロマン優光連載112 (1/4ページ)
ロマン優光のさよなら、くまさん
連載第112回 福岡セミナー講師刺殺事件に思うこと 加藤智大は「自分より幸せな人」を殺すために秋葉原に2トントラックを走らせ、造田博は「努力しない人」を殺すために池袋の路上に走り出た。加藤は渋谷センター街には向かわなかったし、造田も霞が関には向かわなかった。人間は自分の想像の範囲を越えて行動することはできない。だから、幸せな生活を謳歌する若者が多く集う街にも向かえなかったし、「努力しない人」が支配している国の中枢にも向かうことができなかった。
Hagex氏が、松本英光容疑者の生活エリア、彼が自転車でたどり着けるエリアを訪れなかったとしたら、あの事件は起こらなかったのではないだろうか。そのエリアをたまたま訪れてしまったために、容疑者の想像が届く範囲に入りこんでしまうことになり、事件は起きてしまった。そんな気がしてならない。偶然の結果、届かないもののはずが届いてしまったと。そして、松本容疑者ははてなの本社には向かうことはできなかった。
今回の事件はネット上のトラブルからくる恨みによる犯行、言論の自由に関わる犯罪と言ってしまってよいのだろうかという違和感は私の中にある。容疑者は、はてなブックマーク上で「低能先生」とよばれていた荒しであったと言われている。他のユーザーに対して罵倒や誹謗中傷を繰り返していた彼だが、他人を「低能」と罵る癖があったために「低能先生」と自然発生的に呼ばれるようになってしまった。Hagex氏が、彼に何をしたかというと、彼の荒し行為と彼に対する通報に関する株式会社はてなの対応をblogに書いたこと、程度の低いことに関するたとえとして「低能先生」の名を出したこと、それぐらいだ。容疑者を運営会社に通報したり、そのことを公言してた人間は他にもいるだろう。そればかりか、容疑者に対する酷い罵倒を書いていた人たちだって何人もいることだろう。別にHagex氏が彼を必要以上に攻撃していたというようなことは、特にないのだから。