カルピスのあの水玉模様は天の川をイメージしている?カルピス誕生の歴史
7月7日と言えば七夕ですが、国民的な人気飲料であるカルピスが発売された日でもあります。一見すると無関係に見えますが、両者には意外な接点があるんです。今回は、そんなカルピスにまつわる秘話を紹介していきます。
実は仏教用語に由来していたカルピス。その意味はいかに?
三島海雲
カルピスを語るに欠かせないのが、創業者である三島海雲氏らによって名付けられた名の由来です。カルピスと言う単語は、英語の『カルシウム』と、古代インドの言語つまりサンスクリットの『サルピス』と言う言葉が由来となっています。サルピスは精製された牛乳から出来た食品の一つを意味し、その最上級が一番の美味とされる醍醐です。
名前の候補としてはその醍醐を意味する『サルピルマンダ』に因んだ『カルピル』などがありましたが、重要なことを決める時にはその道の第一人者に相談する『日本一主義』と言う方針がありました。そこで音楽の第一人者として知られていた山田耕筰氏にお伺いを立てたところ、カルピスの方が日本人になじみやすいとアドバイスされ、この名前が決まったのでした。
創業者にインスピレーションを与えたのは、大陸でお世話になった遊牧民の飲料だった!そもそも、どうして仏教用語が選ばれたのかを気になる方も多いことと思います。実は、三島海雲は元僧侶であり、当然サンスクリットの教養にも詳しい人でした。この三島氏は、明治38年(1905年)から中国大陸で商売をしていましたが、その3年後に体調を崩して死の危機に瀕します。
それを救ったのがモンゴルの皇帝チンギスハーン(ジンギスカン)の子孫を名乗る遊牧民で、三島氏は酸乳や馬乳酒と言った乳酸菌を用いた飲料を振舞われて全快したのです。彼はそれにインスピレーションを得て、カルピスに代表される乳酸菌製品を日本に広めるべく、奮闘することとなったのでした。
なお、家畜を重要な生活基盤とする遊牧民にとっての乳製品は、農耕民族である日本人にとっての味噌汁やご飯と同じくらいに欠かせないものです。また、モンゴルには上述したチンギスハーンの危機を救ったのが馬乳酒を作る男性だったとする伝承があり、身近な存在でもあります。その遊牧民とは真逆の生活様式を持つ日本人によって著名な乳酸菌飲料が出来たのですから、何とも不可思議な縁ですね。
苦節を経てカルピス発売!あの水玉模様は、ロマンティックな発想で生まれた三島氏は帰国後、試行錯誤を重ねて乳酸菌を用いた様々な飲食物を世に出し、大正8年(1919年)の7月7日、ついにカルピスの発売に成功します。この時は紙箱に入った茶色い下膨れのビンでしたが、3年後に現代のスタイルに近くなりました。
それは、発売日の七夕に因んで天の川を意識した水玉模様で、青地に白い水玉を散らしたもので、昭和28年に(1953年)に『白地+青い水玉』と言う現代まで続くスタイルになるまで用いられ、多くの人に親しまれました。
いかがでしたか?カルピスの日が7月7日になったこと、水玉模様のパッケージになったのには、大陸をも巻き込んだ創業期のドラマがありました。あの懐かしく、親しみやすい味を楽しむ時、そんな物語を脳裏に浮かべるのも一興かもしれませんよ。
画像:Wikipedia『三島海雲』より
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