薬物中毒で怪死した野崎幸助氏、紀州のドン・ファンの「真犯人」メッセージと「謎の美人女子大生」 (2/4ページ)
野崎氏は大喜びして、“これは最高だ!”と即、さまざまな交際クラブに連絡し、紹介を依頼したというんです。そして、2人は東京でご対面する運びになったのではないかとみられているんです。それが、3~4月頃の話でしたから、この話が本当なら、野崎さんの最後は彼女だった可能性もありますね。男と女の関係なので真相は分かりませんが……」(同)
野崎氏は、多くの美女たちのデートでは、いたって紳士的だったという。「行きつけは『銀座天一』とリッツ・カールトン東京の鉄板焼。野崎さんはお酒はビールしか飲みませんでしたね。“泡なし”が好きで、毎回3杯ほど飲んでました。遊び方がきれいなことは有名で、女の子が希望する“デート金額”の倍額以上を手渡すのがお決まりでした」(野崎氏の知人女性)
また77歳にして、ナンパも現役だったという。「銀座にあるなじみのテーラーで、100万円ほどかけてスーツを仕立てていましたが、そこの美人スタッフも、よく口説いていましたね」(前出の仕事関係者)
■遺産相続をめぐって兄弟間で裁判
まさにドン・ファンの名にふさわしい伊達男ぶりだが、そんな彼も還暦を過ぎると、ある悩みを抱えていたという。「野崎さんは以前、親の遺産相続をめぐって兄弟間で裁判に発展するほど揉めたようなんです。それ以降は“絶縁状態”で、“兄弟、親戚には遺産を渡したくない”とよく話していました。65歳を過ぎたあたりからは、“私が死んだら、お手伝いさんに2000万円、結婚してくれる女性に全財産を譲りたい”と、よく言っていました」(別の地元関係者)
当時、バツ2で独身だった野崎さんは、しきりに「結婚したい」と口にし、嫁探しに奔走していたという。「複数の交際クラブで、20~40代の、幅広い年齢層の美女を紹介してもらっていたようです。今まで数百人以上と会っていました。中には、ロシア人のモデルふう美女もいたそうです。