疑似的な恋愛ゲーム感覚の和歌の応酬。枕草子のやりとりを探る:藤原行成 編2
「枕草子のやりとりを探る:藤原行成 編1」はこちら。
清少納言とは気の合う友人?枕草子のやりとりを探る:藤原行成 編 「逢坂の関」のやりとりで知られる二人前回に続き、「枕草子」に見られる清少納言と藤原行成の関係を取り上げます。今回紹介するのは「頭弁の、職にまゐりたまひて……」の段。有名な「小倉百人一首」にもとられた「逢坂の関」の歌のやりとりが詳細に記された段です。
清少納言 Wikipediaより
この二人の関係は、漫画の「うた恋い。」においてはお互い好意があるように描かれていますよね。この段はまさにその最たるものです。
内容としては、職の御曹司に参上していた行成は、夜更けまで清少納言と話をしていました。しかし翌日は一条天皇の物忌なので早く殿上に詰めなければ、と帰ってしまうというもの。翌朝、行成は次のような文を贈ってきます。
「今日は、残りおほかる心地なむする。夜をとほして、昔物語も聞え明かさむとせしを、鶏の声にもよほされてなむ」
「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)
「今日は心残りでした。夜通し昔話などして語り明かしたかったのに、鶏の声に急き立てられてしまって……」という内容。さあ、ここからが有名な「逢坂の関」の歌のやりとりです。
清少納言、すかさず「史記」の故事を引用して返事清少納言は次のように返事をします。
「いと夜深くはべりける鳥の声は、孟嘗君のにや」
「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)
孟嘗君とは「史記」の列伝に登場する人物で、夜明け前にどうにか関を開門させようと、鶏の鳴きまねをした人のこと。清少納言がいいたいのは、「あんな夜深くに鳴く鶏って、孟嘗君のそれのこと?」つまり「あなたを急き立てたのは偽物なのかしら?」ということ。
これに行成は、
「『孟嘗君の鶏は函谷関をひらきて、三千の客わづかに去れり』とあれども、これは逢坂の関なり」
「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)
と返します。「孟嘗君の鶏は函谷関を開いて三千人が逃げ去ったと本にあるけれど、私が言いたいのは逢坂の関(つまりあなたと逢った夜)のことですよ」という内容。ちょっと話が男女のきわどいやりとりになってきました。
ここからの二人の和歌のやりとりは、以下のとおり。
(清少納言)「夜をこめて鳥のそら音にはかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
心かしこき関守侍り」
(行成)「逢坂は人越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか」
「枕草子」(校注・訳:松尾聰・永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)
清少納言が「夜が明けないうちに鶏の鳴きまねで函谷関の関守をだましても、逢坂の関(私の恋の関)はそんな嘘で許すような守りではありませんよ。私は守りがかたいのです」と贈ったのに対し、行成は「逢坂は人が越えやすい関なので、鶏が鳴かなくても門を開いて待つ人がいるそうですよ」と返します。
超訳すれば、「あなたは誰でも受け入れる尻軽と聞いたけど?」というような下品な歌。さすがの清少納言も、これには圧倒されて返事もできなかった、といいます。
和歌で恋愛ゲームを楽しむこのやりとりは実際恋人関係にある二人の恋のやりとりというより、疑似的な恋愛ゲーム感覚の和歌の応酬と捉えられます。清少納言の「夜をこめて」の歌は百人一首にもとられ、後世にも広く知れ渡る有名な歌。「史記」を引用するあたりもとても巧みですよね。
こうした冗談のなかにも清少納言の賢さが光ります。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

