「淑女の黒歴史手帖」 第三回 生湯葉シホの黒歴史

OL、モデル、作家……さまざまな分野で活躍する魅力的な淑女の黒歴史に迫る連載企画「淑女の黒歴史手帖」。第三回はライターの生湯葉シホが登場する。
noteに綴るエッセイが話題を呼び、ライター・編集者のほか、エッセイストとしても活躍中の生湯葉さん。ブレない芯の通った、心地よいリズムの文章に多方面からラブコールが寄せられる、注目の書き手だ。
そんな彼女の文章特有の“ブレない芯”は何に由来するのか。この“淑女”の原点に迫る。
-目次-一頁、おままごとで宇宙人
二頁、ポルノ・新藤晴一と結婚するためのポエムノート
三頁、ポルノ・新藤晴一への盲目的恋心
四頁、恋を叶える“仕込み”
五頁、ナンパ師との交際
六頁、原稿は暴言を吐きながら
●一頁、おままごとで宇宙人
—今日はよろしくお願いします。生湯葉さんは幼いころ、どんなお子さんだったんでしょうか。
喘息で入院していたこともあって、幼稚園に友達ができず。一人っ子で一緒に遊ぶ兄弟もいないので、本ばかり読んでいました。
—そんな幼い頃から。
そのせいか、物語と現実の区別がつかなくて。たとえば、幼い頃のおままごとって、女の子の多くは、お母さん役やお姉さん役をやりたがりますよね。
—生湯葉さんは違ったんですか?
はい。「ナントカ星人A」みたいな、全然脈絡のない役で参加していました。
—失礼ですが、「ナントカ星人A」役で、参加できるんでしょうか。
いえ、やはり家族でないので、相手にされず。出番もないので自分のタイミングで突然登場して。アングラ演劇状態です。
—興味深いです。
自分が見えてなかったんですよね。小学校に入って『カードキャプターさくら』にハマると、今度は自身を主人公の木之本桜だと思うようになって。風や嵐などの気候は自分が操っていると本気で思っていました。
—ご自身がさくらちゃんではない、と気づいたのはいつ頃ですか?
小学校高学年くらいです。名前も違いますし、風や嵐はさすがに自分では起こせないことに気づいて。ただ、「自分が主人公」という感覚は変わらず、自分を主人公に投影した小説を書いたりしていました。
生湯葉さん初の恋愛小説『Love from rainy day』。ノート一冊を3日間で書き上げたという
—3日間で一冊はかなりのスピードですよね。当時からやはり書くことが好きだったんでしょうか?
いや、まだわかってなかったと思います。友達がいたら、この小説にあるようにプールに行ったり、デートしたりして遊んでいたと思うし。叶わない現実を描いていたんじゃないかと。
—なるほど。
ただ、昔から愛が重すぎて、長文になっちゃうことはありました。唯一の友人・サエコちゃんと交換ノートをしていた時も、好きな男の子に対する気持ちがおさまり切らなくて交換ノートなのにひとりで30ページ書いたりとか。
—それは、サエコちゃん、びっくりしたでしょうね。
●二頁、新藤晴一と結婚するためのポエムノート
—生湯葉さんはポルノグラフィティの熱狂的なファンとしても知られています。ポルノはいつ頃から好きだったんでしょうか。
中1の時、サエコちゃんからCDを借りたのをきっかけに、数ヶ月でドハマリしました。特にギターの新藤晴一さんがめちゃくちゃ好きで、人生の目標が「晴一と結婚すること」だったんです。
—結構、本気のやつですか?
リア恋です。私立の女子校に進学したので、友達もできず、どんどん晴一のことしか見えなくなって。「晴一と結婚することでしか自分は救われない」と思っていました。このノートには晴一の歌詞と、自分の詩が交互に書いてあるんです。
ポルノグラフィティ・新藤晴一さんの歌詞と生湯葉さんの詩が交互に綴られたノート
—まるで、交換ノートみたいですね。
晴一の歌詞をひとつ書いたら、自分の詩をまたひとつ書くのが礼儀だと思っていて。
—礼儀……ですか。最後のページまでぎっしり書いてあります。
これを書き上げないと晴一と結婚できないと思っていたんです。やはり、彼はミリオンセラーの曲の歌詞を書いているわけですから、それに追いつくためにはノート一冊分くらい終わらせないでどうする! みたいな。
—突然スポ根ですね……。
●三頁、新藤晴一への盲目的恋心
これまでに参加したポルノグラフィティのライブチケットは全て保管してある
—当時から、ポルノのライブにも行っていたんですか?
もちろんです。中1の時に初めてライブに行ったんですが、自分の好きな人を初めて生で見たので、本当に感動して、興奮して。
—なかなかない状況ですよね。
その日の夜、コンタクトを外して、ふと「これを捨てていいのかな」って思ったんです。「今日、このレンズを通して晴一を見たんだ」って思ったら、捨ててはいけないような気がして、そこから中3の冬までそのコンタクトを捨てずに保管していました。
—ソフトレンズを?
そうです。ワンデーの。ティッシュに包み、ポルノのファンクラブグッズの箱に入れて。辛いことがあると、取り出して、そのコンタクトを眺めていました。
—本当に好きだったんですね。
リア恋なので。晴一が、ファンクラブ会報で「好きな女の子のタイプ」を訊かれて、「ベースボールキャップが似合うアクティブな感じ」みたいに答えていたことがあって。私は全然違ったので、即、地元の板橋イオンでベースボールキャップを買って一年中かぶっていました。
—ちょっとでも理想に近づきたいと。
いつか街の中で晴一とあった時に「おっ」って思ってくれると思って。冬、コートを着ていてもベースボールキャップだけはかぶっていましたね。
—やっぱり、そこまでいくと誕生日のお祝いとかもするんでしょうか。
晴一の誕生日、学校カバンにマスキングテープと写真を使って「HAPPY BIRTHDAY 晴一」と書いて、通学したことがあります。周りの人に晴一の誕生日をどうしても伝えたくて。
—お家でケーキ食べるとかではなく、もっと外部に伝えていくと。
友達も反応してくれるし、電車の中とかでも「これ、なんですか?」って声かけられたりするので、「この人が今日、誕生日なんです」って言って、いつも持ち歩いている晴一の写真を差し出して。
—結構、やばいですね。
やばいんですよ、私。
●四頁、恋を叶える“仕込み”

—リア恋とは言え、新藤さんは芸能人です。ほかの方との恋愛でもこうした傾向があるんでしょうか。
私、根本的にストーカー気質なんですよね。大学に入って、学校の助手さんを好きになったんですが、“仕込み”に半年かけました。
—ちょっと、すみません。“仕込み”とは。
その助手さんは私がとっている授業を担当していなかったので、とりあえず、シフトを全部把握して。またFacebookとmixiは割と簡単に見つかりますよね。SNSのIDって近しい文字ならびにしている人が多いので、そこから組み合わせを何パターンか試して、ツイッターの鍵アカを特定したんです。
—……で、でも、鍵かかってたら見られないですよね?
はい。でも、そのIDで検索すると、彼と会話をしている人のリプライが読めます。それを見ていたら、彼が某お笑い芸人を好きなことがわかって。そこで、そのお笑い芸人の架空のファンアカウントを作って、フォローリクエストを送ったところ、承認してくれたんです。半年間ほどかけて、鍵アカから彼の趣味を把握したところで、「ライブチケットが一枚余っている」と、デートに誘いました。
—チケットは買ったんですか?
はい、プレミアでなかなかとれないので、友達5人くらいに協力してもらって。時報を聞きながら、発売開始時間になった瞬間に複数台のパソコンで取りました。
—6人体制。
ライブ当日の帰り道では、半年間集めた情報を巧妙に小出しして。「●●、好きなんです」「え! 俺も!」みたいな感じで話も弾み、わりと簡単に付き合えました。
—完全に策士ですね。
仕込みましたね。
—他にもあるんですか?
その後、大学の先生のことを好きになって。授業終わりの飲み会の幹事を自ら引き受けて、靴を脱いで上がる店に決めたんです。
—ほう。
その先生がいつも1番最後に帰る人だったので、わざとニーハイブーツみたいな履きづらい靴を履いていって、時間を稼いでふたりになれるようにしました。履くのを手伝ってもらって、「今度、ご飯しませんか?」って誘って。
—プロだ……。
●五頁、ナンパ師との交際
シホさん22歳頃。ナンパ師と交際していたCanCam系時代。
—恋愛系、豊富ですね。ちょっと変わった交際経験とかもありますか?
歌舞伎町でナンパすることを日課にしているナンパ師と付き合っていたことがあって。
—えっ。意外。出会いはナンパですか?
そうです。付き合って半年くらい経ったころ、突然、歌舞伎町の真ん中で土下座されて、免許証見せられたんです。「俺、本当はこうなんだ」って。名前も、年齢も、出身地も、勤務先も、全部嘘だったんです。
—相当ショッキングですね。
今まで言っていたのは全てナンパ用の虚偽プロフィールだったんですけど、付き合い始めてみたら、ちゃんと仲良くなってしまって、耐えられなくなっちゃったみたいで。
—ちょっとかわいいけれども……。
医者で大学に勤めてると言いながら、御茶ノ水でデートしても22時とかに「終電が……」って言って帰るんです。怪しいな、とは思ってたんですけど、実は茨城県に住んでて、毎日つくばエクスプレスで来ていたんですよね。
—……なんか、いい人そうですね……。
これまでトシ君って呼んでたけど、本当はトシ君じゃなくて、マサノリ君だったんです。突然、名前まで変わって、なんて呼んだらいいかもわからないじゃないですか。歌舞伎町でマジギレしちゃって、「これからマサ君って呼ぶけどさあ!!」って。
—(笑)。え、じゃあ、マサ君としてその後も続いたと?
1年くらい付き合いました。
—めちゃくちゃ心広い。
●六頁、原稿は暴言を吐きながら

—話をしていて生湯葉さんの愛の強さをひしひしと感じているのですが、逆に嫌いなものとか、許せないものもあるのでしょうか。
めちゃくちゃあるし、大体のものは嫌いなんですよ。高校生の時は、女子高生も男子高生もディズニーランドも嫌いでした。自分の手に届かないから。今でも全然変わっていなくて、会社のチャットに自分だけの部屋を作って、「死ね」「殺すぞ」って書いてたりしますし。
—(笑)。
ふだん、原稿もそういうことを言いながら書くんです。原稿内にも書いていて、最後に入念にチェックして消します。
—変更履歴が残っていたら、「生湯葉シホ 削除:死ね」「生湯葉シホ 削除:殺すぞ」みたいなのが無数にあると。
そうそう。
—なるほど、ちなみにそれは何に対しての「死ね」「殺すぞ」なんですかね。
この場合は、100%自分です。書きたいことがあるのに書けない自分がもどかしい。こう言うと中二病みたいですが、私にとって「生きること」と「書くこと」はイコールなんです。だから、ずっと書いているんです。
〜総括〜
詩のノートにしても、恋の仕込みにしても、これまでの人生において、独自の考え、作戦を諸々の惜しみなく体現してきた生湯葉さん。彼女の行動は一貫性を意識したものではないが、全体を通して見れば、そこに彼女の人格がありありと浮かび上がる。
彼女の文章にある“ブレない芯”とは、彼女がこれまでの人生で独自に築いてきた彼女自身の芯に他ならない。そして「『生きること』と『書くこと』がイコール」という、書くことへのハードルの低さ(もしかするとそれはほぼ平坦なのかもしれない)、また、これまでの膨大な執筆量によって培ってきた言語力こそ、彼女の芯がこうも文章に浮き彫りになる要因ではないだろうか。
(取材・執筆 伊藤紺)
●生湯葉シホ
ライター。1992年生まれ。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。DRESSにてコラム「偏屈女のやっかいな日々」、散歩エッセイ「夜を歩く」を連載中。飼っている亀が19歳になった。(Twitter/note)
●伊藤紺
ライター/編集。1993年生まれ。調査記事、取材記事を中心に人物ストーリー、エッセイ、短歌なども執筆する。クライアントの思想や意図を汲み取った企画提案が得意。制作ユニット「NEW DUGONG」ではビジュアルと文章を組み合わせた、キャッチーで読み応えあるコンテンツを多数制作。リトルプレスの発刊やトークイベントを年に数回ペースで行う。(Profile/Twitter/Instagram)
●おくりバント婦人部
2018年4月吉日、満を持して株式会社おくりバントに婦人部が発足。
今をときめく婦人クリエイターにご協力いただき、婦人の婦人による婦人のための事業部として、イイ感じに活動を行う。