なろうと思ってなれるものではない 翻訳家という仕事 (2/3ページ)

新刊JP

1980年代の後半に白水社が「新しいアメリカの文学」というシリーズを始めて、その仕事が、当時訳書が一冊もなかった僕と、やはり一冊あったかどうかだった、今明治大学で教えている斎藤英治君に回ってきた。

白水社の平田さんという編集者から「君たち二人でこのシリーズを動かしていくんだ」と言われて次々に本を渡されて報告を書かされて、ごほうびに自分でも好きな本を二冊訳していいということになったので、僕はまだその時点では翻訳がなかったミルハウザーとオースターを選びました。今実績ほぼゼロの人間にそんなことをやらせてくれる出版社はないでしょうね。

――影響を受けた翻訳家はいますか?

柴田:まず思い浮かぶのはブローティガンなどを訳した藤本和子さんです。こんな風に生きた日本語が翻訳でも可能なんだと思いました。

――人生で影響を受けた本がありましたら、三冊ほど紹介していただければと思います。

柴田:夏目漱石の『吾輩は猫である』とブローティガンの『アメリカの鱒釣り』、あとは北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』か赤塚不二夫の『おそ松くん』かなあ。

『どくとるマンボウ青春記』と『おそ松くん』はある意味で同じです。自分がユーモアとセンチメンタリズムの組み合わせに弱いというか、好きなんだなというのがわかります。

『吾輩は猫である』もユーモアですね。人間のやることをありがたがらないという姿勢がいい。『アメリカの鱒釣り』は「翻訳でこんなにいい文章ができるんだ」というお手本でしたし、当時のアメリカの小説の基本形として「大きなアメリカを語る」というのがあるなかで、「小さな端っこのアメリカ」がシュールな形で語られているのが新鮮でした。

――最後になりますが『MONKEY』の読者の方々にメッセージをお願いいたします。

柴田:みっともないからあまり言わないけども、「毎号全力投球」でやっています。月刊誌だと、年に12回出すことを考えて力の「入れどころ」「抜きどころ」を作らざるをえないのかもしれませんが、「MONKEY」は4カ月に1冊なので、「As if there were no tomorrow(明日がないかのように)」というつもりです。一度読んでみていただけたらありがたいですね。

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