前橋育英が“初出場初優勝”を果たした「夏の甲子園第95回大会」の熱闘!

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前橋育英が“初出場初優勝”を果たした「夏の甲子園第95回大会」の熱闘!

 大会3日目の第3試合で近大付(南大阪)と対戦する前橋育英。今年は同校史上2度目となる夏の選手権制覇を狙っての甲子園出場となる。

 その最初の栄冠に輝いたのは今から5年前の2013年第95回大会。その時、歓喜の輪の中心にいたのが2年生ながらチームの絶対的エースとして君臨した高橋光成(現・埼玉西武)である。この年の高橋は群馬県予選6試合で38回を投げ、6失点の好投で、前橋育英に初めての夏の甲子園出場をもたらしていた。

 その右腕が本番の甲子園でも躍動する。初戦の岩国商(山口)との一戦。甲子園初マウンドにして1‐0の完封勝ちを収めたのである。被安打はわずか5本で奪った三振は何と13。しかも夏の大会史上2位となる連続奪三振9という記録のおまけつきだった。続く樟南(鹿児島)戦は一転して打たせて取る投球で15個のゴロアウトを奪い、被安打も5。初戦に続き1‐0の完封勝利を飾った。3回戦の相手は横浜(神奈川)。この強豪相手に高橋は、今大会初めて失点1を喫するも自責点は0。2試合続けて湿っていた打線もこの試合は奮起し、計12安打で7得点。7‐1で快勝し、初出場でみごとベスト8へと進出したのである。

 そして、準々決勝の常総学院(茨城)戦が前橋育英にとってこの大会、最も苦しい試合となる。エース・高橋が先発を回避したことで序盤に2点のリードを許すと打線も沈黙。8回を終わって無得点のままで9回裏もあっという間に2死無走者に。次の打者も平凡なセカンドゴロで万事休すと思われた次の瞬間だった。何とイレギュラーで一塁セーフ。次の打者も二塁打を放って2死ながら二、三塁と一打同点の場面を作るとここで打席に入ったのが、この試合、6回から登板していた高橋だった。そしてこの高橋が起死回生の同点適時三塁打。これで試合の流れは完全に前橋育英へと傾いた。続く10回裏に3番・土谷恵介がセンターへ適時打を放って3‐2と劇的サヨナラ勝ちを収めたのである。結局、この試合で高橋は5回を投げ、10奪三振の無失点リリーフを見せている。

 いよいよ準決勝である。この日大山形戦を4‐1で快勝し、チームは初出場で決勝戦進出という快挙を果たした。高橋は自打球による右膝痛に加え、猛暑で体調を崩しながらも完投。被安打7、失点1、自責点0にまとめる好投だった。

 そして迎えた決勝戦。雌雄を決するその相手は前橋育英と同様に初優勝がかかる延岡学園(宮崎)。試合は序盤、0‐0で進んだが、最初につかまったのは前橋育英の高橋だった。4回裏に2四球に4安打を集中されて一挙、3点を先取されてしまったのだ。そしてこの回の失点は高橋が甲子園に来て45イニングス目にして初めて喫した自責点でもあった。とはいえ、5回以降、打たれたヒットはわずか2本。その間、味方打線は5回表に8番・田村駿人のソロ本塁打や5番・小川駿輝の右前適時打などで3点を奪って同点とすると、7回表には4番・荒井海斗に勝ち越しの左前適時打が飛び出し、ついに1点のリード。9回裏に無死一、二塁のピンチを招いたが、ここから高橋が後続3人を冷静に打ち取り、前橋育英が初出場での初優勝を見事、成し遂げたのである。同時にこれは群馬県勢にとっては、1999年第81回夏の選手権大会での桐生第一の優勝以来、14年ぶりの栄冠でもあった。

(高校野球評論家・上杉純也)=敬称略=

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